私自身の立場は?
私は完全に無宗教です。そもそも、神様とか霊界とか超能力とか宇宙人とか、そういった類のものは一切信じておりません。科学的にその存在が明らかになれば考えを改めますが、現状ではあの世とか宇宙人の実在を疑っていない人の話はおよそ主観的で、科学的考察に欠けた主張ばかりなので、信用できません。
ただ、思想信条は各個人の自由ですから、他人の考え方を否定する気は毛頭ありません。神様でも悪魔でも鰯の頭でも、何を信じても悪いことではないですから、その考えを私に押しつけたり、自分の主義信条を満たすために他人に迷惑をかけたり法を侵したりしなければ、とやかくいうつもりはありません。
それに、個人的には心の拠り所としての宗教はあってもいいと思いますし、なければならないとも思います。といいつつも、残念ながら私自身には信仰するものがないんですが・・・
実際、宗教がなければ人間社会の発展もありえなかったと思います。逆にいえば、人間にとって宗教の存在は必然で、また文明社会は宗教と結びついて発展してきたといえます。かつて政治は宗教とイコールでしたし、現在でも道徳や法律には宗教からうけた思想も多々あるのです。(いや、思想が宗教になったという言い方が正しいのか・・・)
近代になり、封建国家から法治国家へと移行することによって、宗教が人々の生活を直接支配することはなくなってきました。とくに日本は顕著にその傾向があるのは皆さんも感じていることと思います。
しかし、これだけ社会制度や科学技術が発達しても、またこれから先さらに発達したとしても、宗教はなくならないでしょう。それは宗教は人間の生活とは切り離せないものだからです。
いいかえれば、現在の法制度、社会基盤、科学技術には限界があります。民主主義が保障されても、スペースシャトルで宇宙にいけても、ガンの特効薬が発明されたとしても、昔からずっと答えが求められてきた病・老・死・苦・貧・争・困(仏教的表現ですが・・・)に対する回答を出せるのは今のところ宗教だけです。科学技術や法治国家の権力はこういった問題に対しては全く無力なのです。
しかし他方では、科学技術や人文科学の発達と共に宗教と相反する部分も増えてきました。にもかかわらず、宗教というのは有史以来、その本質は何も変わっていないというのが私の観察です。物質文明がここ2000年に辿ってきた驚異的な発達に比べ、宗教の本質はずっとイエス・キリストや釈迦やマホメットがいた時代のままなのです。
たとえば、ある国では牛は聖なる生き物だから食べてはいけないとするが、隣国では豚は不浄の生き物だから食べてはいけないとする。これらの戒律はその宗教の発生した時代背景と地域の事情が強く影響しているのですが、時代や事情が変わった現代でも頑なにその教えは守られる。そのくせ、牛を食べられない国と豚を食べられない国はお互いに牛肉・豚肉を輸入・輸出しあっている現実。他方ではジハード(聖戦)と称する紛争・いざこざが絶えないとある国境付近。もともと、戦いを正当化した開祖などいなかったはずです。キリストは慈悲愛の人、仏陀は無の境地の人、マホメットは商人でした。これら開祖が説いたであろう元の教えとどんどん乖離していくのは、宗教自身に進化がないために教えが風化し、あるいは曲解・拡大解釈されてこのようなことが起きると私は考えます。
今ある新興宗教の数々も、本質はこれら昔から存在した宗教と何ら変わるところがありません。すなわち、神がいて、人がいる。この関係は今も昔もそのままです。
このような、物質文明の発達と宗教(すなわち精神文明)の発達とのアンバランスにこれから人類はどれだけ耐えられるだろうか?今は法律がそれをかろうじて守っていますが、いつまで続くか?実際にほころびかけている国はたくさんあります。
つまり私が言いたいことは、これまで物質文明ばかりが重視されてきましたが、これからは宗教を含め精神文明の大きな発達がなければ人類の未来は暗い、と思うのです。今、人類はいろんな意味で岐路に立たされているといえましょう。もちろん環境問題も大事ですが、しかしそうやって物質的なことばかりみていていいのでしょうか?
さまざまな凶悪事件や少年犯罪が増えつづけているのは、精神文明の遅れからくる歪んだ世界の現象化では?法整備をいくらしたって犯罪なんて増えこそすれ、減ることなんてないんじゃないか? なんて考えつつ日々のニュースをみる私であります。
私も含め、若い世代の宗教離れも進み(これは日本だけの現象ではありません)、かと思えばインチキな新興宗教が一部の若者に熱狂的に受け入れられたりして社会との軋轢を生んでいる、この現状はなぜか? それは、今の宗教(既存宗派でも新興宗派でも)のスタイルがすでに現在の物質文明、現在の社会基盤に沿わなくなってきているからではないかと思います。
つまり、物質文明とつりあうだけの精神文明の発達こそが21世紀の課題なのです。そして、精神文明の筆頭者として、私は哲学者でも思想家でも政治家でも精神医学者でもなく、宗教家に期待したいのです。精神文明の産業革命を、宗教の世界から起こしてほしい。そして、私を含め万人を救ってくれる宗教が現れてほしいです。
物質文明に根ざした共産主義や自由主義では万人を救えなかったように、宗教もやはり万人を救えないのでしょうか。これまでは、万人を救えた宗教は実際にありえませんでした。しかし私は、宗教の発展・発達により万人の救済は可能だと思ってます。それはキリスト教でいう火の洗礼でも仏教でいう極楽浄土の出現でもなく、もっと画期的な宗教の出現により、それは現実に実現可能だと思っています。
具体的にどんな宗教がいつごろ出てくるのか、全くわかりませんが・・・・根拠のない希望的観測です。
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