| 正式団体名 | 宗教法人 パーフェクト・リバティ教団 | 立教 | 1931(昭和6)年 | ||||||||||
| 開祖・教祖 | 幽祖 金田徳光(かねだ とくみつ) 開祖 御木徳一(みき とくはる) |
現指導者 | 第3代教祖 御木貴日止(みき たかひと) | ||||||||||
| 聖典・教典 | PL教典、PL処世訓 | 本拠地(聖地) | 〒584-8651 大阪府富田林市新堂 2172-1 | ||||||||||
| 崇拝対象 | 神霊(「しんれい」、または「みたま」と読む) ※信仰の度合いにより神霊にはレベルがある |
信徒数概算 | 118万人 | ||||||||||
| 派生団体 | (社)倫理研究所 | 関連企業 関連団体 |
PL学園 | PL病院 | |||||||||
| (社)実践倫理宏正会 | 芸術生活社 | (株)光丘 | |||||||||||
| 関連サイト | Charch of Perfect Liberty (英語) | PL首都ブロック | 劇団かっぱ座 | 新日本宗教団体連合会 | |||||||||
| PL首都ブロック学生部 | 総丘カントリークラブ | PL天羽キャンプ場 | |||||||||||
| 教団の特色 | |||||||||||||
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高校野球で名を馳せ、巨人の清原、桑田などプロ野球選手を数多く輩出している「PL学園高等学校」ですが、このPL学園の母体がPLです。PLとは「Perfect
Liberty」=完全なる自由、という意味です。PLの名称は戦後になってからで、戦前は「ひとのみち教団」という名称でした。大阪発祥の宗教なのですが、戦後何度か本拠 地を移動し、最終的には大阪に戻り現在は大阪府富田林に広大な敷地を所有しています。
この教団の特徴として、宗教活動以外のさまざまな文化活動があげられます。この教団のモットーである「人生とは芸術である」(岡田茂吉やその祖である出口王仁三郎も似たようなことをいってますが・・・)の体現化でありましょう。またPLでは、宗教が原因となってひきおこされる戦争や虐殺などは宗教の本質からすれば間違った行為であるゆえ、これをなくすために尽力することを教義の一部にしています。そのため宗派を超えた宗教団体の結束を重視しており、この考えに基づく2代目教祖・御木徳近は教団の基礎固めはもとより、各宗派の協力関係を築く活動にも力を入れてきました。御木徳近氏は(財)新日本宗教団体連合(新宗連)を創設し初代理事長として14期、(財)日本宗教連盟の理事長を3期務めています。まさに日本宗教界の重鎮でした。現在は徳近氏の長男・貴日止氏が教祖の座を引き継いでいます。 なおPLは、現在の聖地がある富田林市内に宗教活動・文化活動の拠点として300万坪という広大な敷地を所有しており、ここにはやたらめったら豪勢な教団本部や記念塔はもちろんのこと、病院・学校・ゴルフ場などの数々の施設を有しています。しかしこれらの施設は全敷地の半分にも満たず、いまだに大半は山林なのだそうです。 毎年夏に行われる恒例行事「教祖祭PL花火芸術」はPLの一大イベントとして有名ですが、これは開祖・御木徳一が「自分は30年の寿命を縮めて世界平和を祈願した。自分が死ぬことは、世界に教えが広がることになるのだから、自分が死んだら花火を上げて祝ってくれ」と遺言したことに由来する行事で、単独の花火大会では国内最大規模だそうです。 左の画像は私が2000年9月に現地調査に行った際に撮影したもので、これは富田林の本拠地内にある大平和記念塔(別名・PLタワー)です。天気が悪かったのでイマイチな画像ですが勘弁してください。なお、これは決して岡本太郎の「太陽の塔」ではありません。ちなみにこの塔のデザインは2代目教祖・御木徳近氏によるものです。なんかみればみるほど「芸術は爆発だ!」という感じがしないでもないですが・・・・・ |
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| 教団の発祥 | |||||||||||||
| 幽祖・金田徳光(徳光教)の教えをついだ開祖・御木徳一が大阪で「御嶽教徳光大教会本部」を開設したのがこの教団の発祥である。ほどなくして御嶽教の傘下から離れ教団名は「ひとのみち教団」になり(昭和6年)、信徒数は急速に拡大、一時期は信徒総数100万人を数えるに至った。昭和11年、特高警察に目をつけられ、不敬罪の名目で開祖とその息子・御木徳近(みき
とくちか)は逮捕・投獄される。昭和12年には解散命令がだされ、御木徳一は不幸にも獄中で病死する。
戦後、釈放された御木徳近は、昭和21(1946)年にひとのみち教団の教えを基にした思想運動「Permanent Liberty Club (PLC)」を始めた。恒久的な(Permanent)自由(Liberty)を探求する思想運動であり、これは獄中から解放され自由を手に入れた御木徳近自身の喜びの現れでもあった。PLC発足時には「PL宣言」が出され、ここではじめてPL(Perfect Liberty)の名称が誕生する。同年、佐賀県鳥栖市にて教団が再結成され、名称はPL教団となった。御木徳近は2代目教祖となる。その後、教団本部は静岡県清水市へ移転、さらに昭和28(1953)年になって発祥の地大阪に戻り、大阪府富田林市に広大な土地を入手して一大聖地を建設した。昭和30(1955)年には同地にPL学園高等学校が開校している。♪あぁ〜あ〜あ〜 ぴぃえる〜ぴぃえる〜 永久の学園 永久の、が・く・え・ん〜・・・ PL教団では、2代目教祖・御木徳近の「PL宣言」を基にして構築された「PL21ヶ条の処世訓(おおしえ)」がその基本教義となる。ひとのみち教団からつづく「人としての生き方・正しいあり方」を述べた、わかりやすくためになる処世訓である。いわく、「人の一生は自己の表現(芸術活動)であり、この自己表現が神の意志にかなうよう、自己の鍛練に努めねばならない。さすれば、真の自由に生きることが可能になる」という。 | |||||||||||||
| 付記 | |||||||||||||
| PLの前身「ひとのみち教団」は戦時中解散させられたが、戦後になって復活する際、PLのほかに2つの団体が発生した。ひとつは丸山敏雄による「社団法人倫理研究所」、もうひとつは倫理研究所から分派した上広哲彦の「社団法人実践倫理宏正会」である。これら2団体はいずれも社団法人であり、宗教団体ではない。 | |||||||||||||
| 関連リンク | |||||||||||||
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