正式団体名 宗教法人 大山ねずの命神示教会
(おおやまねずのみことしんじきょうかい)
立教 1952(昭和27)年
開祖・教祖 供丸斎(ともまるさい:本名・稲飯定雄) 現指導者 3代目教主 供丸光 (2代目教主・供丸姫の実弟)
聖典・教典 真実の光(みち)・神示 本拠地(聖地) 神総本部所在地:横浜市南区宮元町4−82
崇拝対象 大山ねずの命(おおやまねずのみこと)
※「ねず」の字はPC上では正しい漢字を表示できない。
信徒数概算 85万人、全国に24箇所の支部(偉光会館=ひかりのやかた)がある
教団の特色
横浜では少々名の知れた教団で、本部は横浜市営地下鉄・蒔田(まいた)駅近くの鎌倉街道沿いにある。かつて近所に住んでいたもので近くまでいってみたことがあるのだが、休日は本部を訪れる信者で蒔田の狭い街は人であふれかえる。蒔田に住んでいる人自体がこの教団の信者ばかりだという指摘もあるが定かではない。
信者数がわりと多い割には教団本部とその周辺は小さなビル(一見して宗教法人の施設には見えない、ただのビル)が数棟立っているだけで、とてもあれだけの人数を収容できているとは思えない。だから人が街にあふれているのか・・・・

この教団では奇跡治療を最大の売りとしており、大山ねずの命の使者である開祖・供丸斎によって見出された2代教主・供丸姫には大山ねずの命の魂が封じ込まれているとされている。供丸姫は2002年に逝去、現在は供丸姫の実弟・供丸光が教団指導者の地位にある。

神道ではよく似た名前の神様「大山祇命」(おおやまづみのみこと。大山津見命とも表記される)がいるが、この神様と「大山ねずの命」が同一かどうかは不明。
なお大山祇命は山を総括する神様であり、国つ神(この世に住む神々)のトップの地位にある。ちなみに、天つ神(あの世に住む神々)のトップは天照大神(あまてらすおおみかみ)であり、この二神は天皇家一族のご先祖様ということになっている。大山祇命を祭神とする神社は全国各地に数多くある。ここはそのうちの一例。

表向きは、あるとき病気でうなされた供丸斎の夢枕に立った神様がその名を語ったのが“大山ネズの命”の発祥とされているが、一説によれば、開祖・供丸斎は近所に住む知り合いの老女から「これから“おおやまねずのみこと”さまにおまいりに行くんですよ」と常々聞かされていたのが記憶の片隅にあり(そんな名前の神様は当時どこにもいなかったのであるが)、これが“大山ネズの命”の本当の発祥という話もある・・・・ ちなみに供丸斎は立教前に「大山湯」という銭湯を経営していたのでこのへんも関係しているはずである。
これが本当だとしたら、おそらく老女が「大山祇命」を間違えて「大山ねずの命」といっていたか、あるいは供丸斎が聞き間違えていた可能性が考えられ、そのまま間違った名前になったのではないかと個人的に推測する。いずれにしても「大山ねずの命」は「大山祇命」とはまったく関係のない違う神格をもつ神様なのでどうでもいい話ではある・・・

教団の発祥

開祖・供丸斎こと稲飯定雄(1906-88)は、富山県中新川郡立山町に農家の三男として生まれた。実家は浄土真宗の檀家であった。稲飯は小学校卒業後、東京市赤坂区(現・東京都港区六本木付近)の軍服店に奉公し、昭和3年には独立して九段にて軍服店を開業した。ほどなくして店を拡張移転するなど商売は順調であったが、昭和10年、胸を患い医者より死を宣告された。が、そこで何を思ったか薬を断ち、毎日朝日に向かって手を合わせ神に病気克服を祈ったところ、一年後に病気は全快したという。

その後、横浜市西区戸部に公衆浴場を購入し「大山湯」という屋号で経営するが、戦時中に空襲によって焼失した。終戦後、同地に「大山湯」を再建し開業までこぎつけたが、ここでまた病魔が稲飯を襲う。医者より咽喉癌を宣告され病床にふせっていたところ、昭和21年12月、突如稲飯に女神(その名を“大山ねずの命”という)が降臨し、大山ねずの命の「使者」として神の力を授けられたという。ほどなくして癌は全快し(ほんとかいな・・・)、大山ねずの命の啓示によって大衆の救済のために教会を設立するにいたった。宗教法人登記は昭和27年で、立教時は経営していた公衆浴場を神殿としていた。難病奇病を次々と治癒させたことで評判となり、「風呂屋の神様」の元には噂を聞きつけた多くの人々が救いを求めてやってきたという。公衆浴場をたたんで宗教に専念するも、教団の規模が大きくなりすぎ移転を考えた稲飯は、土地買収をめぐって地主とトラブルになりマスコミに醜聞記事が掲載されたこともあったという。

供丸斎亡き後、後を継いで2代教主となったのは大山ねずの命の「化身」であるとされる供丸姫(森日出子:1946-2002)であった。供丸姫は当初一介の信者であったが、1985(昭和60)年に供丸斎より「大山ねずの命の化身」であることが正式に発表され、後継者として指名されている。なお供丸斎と供丸姫は配偶者や血縁の関係ではなく、教主の地位は世襲が常の新興宗教の世界においては際立って不自然な話である。供丸斎に家族がいなかったというとそうではなく、供丸斎の妻は“供丸嬢”という名前でかつて「お母さん先生」と呼ばれ信者に慕われていたということであるが、供丸斎の逝去後に教団から追放され、その後行方知れずという。
水面下で教団運営をめぐってなんらかの取引があったのではないかと邪推する限りだが、実際に裏側で何があったのかはまったくわからない。

大山ねずの命の「化身」であるところの供丸姫は平成14年9月に逝去、天上界に戻り人類救済にあたっているとし、現在の指導者は供丸姫の実弟・供丸光である。つまり現在は教祖の血縁が後継者ということで他の新興宗教と同じである。いずれは供丸姫の息子(名前は調査不足により不明)が教祖の地位に就く予定だという。やはり開祖・供丸斎と供丸姫の間柄が極めて不自然である。供丸斎には息子もいたというが、なぜ教団幹部に名前を連ねていないのであろうか?いったどこへ?

冒頭で紹介したとおり、現在この教団は横浜市南区の蒔田駅周辺にいくつかのビルを建設しそこを本拠地としているが、本部所在地はかつて供丸姫の実家があった場所である。
教団の知名度は今ひとつであるが、公称信者数だけでみると立川の真如苑とほぼ同じである。(公称信者数は往々にして実態とかけ離れており、教団の実情は不明)日本の新興宗教としては大教団の部類に入るといっていいだろう。

関連リンク
ねずスレ保管庫 大山ねずの命神示教会被害者の会
Wikipedia より:大山ねずの命神示教会