| 正式団体名 | 宗教法人 世界真光文明教団 | 立教 | 1959(昭和34)年 | ||
| 開祖・教祖 | 初代教え主 岡田光玉(おかだ・こうたま) | 現指導者 | 三代教え主 関口勝利(せきぐち・かつとし) | ||
| 聖典・教典 | 御聖言集 | 本拠地(聖地) | 静岡県伊豆市冷川1524−4 | ||
| 崇拝対象 | 御親元主真光大御神(みおやもとすまひかりおほみかみ) | 信徒数概算 | 約15万〜20万人 | ||
| 派生教団 | 崇教真光 | ス光光波世界神団 | 関連企業等 | 富士コンピュータ専門学校 | 財団法人陽光美術館 |
| 陽光子友乃会 | 神幽現救世真光文明教団 | (株)武雄センチュリーホテル | 三ツ矢物産株式会社 | ||
| 真光正法之會 | 王子自動車学校 | 三ツ矢タクシーグループ | |||
| 新東京自動車教習所 | |||||
| 教団の特色 | |||||
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| 「真光の業(わざ)」により魂の曇りを浄化し、人類を救うという壮大で遠大な目標を持った宗教団体。真光の業(=手かざし)とは、手から出る「神の真光」(目には見えない)を相手の額に当て、脳の松果体に集中させることによって魂が浄化されるという、まさに神業(かみわざ)である。しかも、この業は信者になって3日間の研修を受けるだけで誰でも直ちに実行できるようになるという。ほんまかいな・・・・
世界救世教の教えをベースにして分派独立したのが発祥であるが、開祖・岡田光玉師の逝去後、さまざまな教団に分派分裂する。代表的な教団としては岡田光玉師の養女・岡田恵珠氏の「崇教真光」(岐阜県高山市)、岡田光玉師と懇意にしていた漫画家・黒田みのる氏による「ス光光波世界神団」(東京都八王子市)、依田君美氏による「神幽現救世真光文明教団」(山梨県甲府市)等々がある。 黒田みのる氏については私と同世代(昭和40年代生まれ)の人なら知っている人もいるかもしれないが、つのだじろう氏とともに心霊漫画家の草分けといわれた人物である。小学生の頃に読んだ「死霊復活」「霊障人間」などの単行本には「真光の業」「火の洗礼」などについて語られており、今思えば真光の教義を色濃く反映した漫画であった。黒田氏は世界文明真光教団の布教漫画を描いていたという話もあるので、これがそれだったのかもしれない。 |
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| 教団の発祥 | |||||
| 世界真光文明教団の開祖・岡田良一(おかだ・よしかず=初代教え主、1901-1974)は、陸軍学校出身の軍人であった。退役後、世界救世教に入信し教団の発展に貢献、独立前は世界救世教和光教会所長を務めていた。 世界救世教は1955(昭和30)年に教祖・岡田茂吉が逝去、これを機に独立を目指すようになる。こうして1959(昭和34)年、世界救世教で習得した“浄霊”をもとにして新しい教団「L・H陽光子友乃会」を設立、名を岡田光玉と改めた。“浄霊”は岡田光玉師によって“真光の業”(手かざしの業)とグレードアップ、昭和38年の法人登記の際に教団名を「世界真光文明教団」とした。昭和43年には一億数千万円を投じて田園調布に本部神殿を建設、豊富な資金を基に教勢を拡大した。 岡田光玉師は1974(昭和49)年に逝去したが、後継者を公言せずに亡くなってしまったため、二代教え主をめぐって内紛問題が勃発した。光玉師の養女であった岡田恵珠(本名・岡田甲子)氏と、光玉師の側近で実業家の関口榮氏(1909-1994)が同時に二代教え主を名乗り、裁判問題に発展した。関口榮氏は教団に多額の資金提供を行っており、教団が発表した正式な二代教え主であったが、一方の岡田恵珠氏は登記を済ませ教団の代表役員になってしまう(宗教法人の代表役員は株式会社でいうところの代表取締役であり、通常は教団の指導者=教祖が就任する)。関口氏は代表役員の座を求め岡田恵珠氏を告訴する(俗に言う真光裁判)。1977(昭和52)年、最高裁判決により関口氏が勝訴、結果を受けた岡田恵珠氏は翌1978(昭和53)年に新教団「崇教真光」を設立し、教団は二分裂することになった。 1984(昭和59)年、教団は静岡県中伊豆に60万坪の広大な敷地を購入、「主座世界総本山」本殿を建設し田園調布より移転した。関口榮氏は平成6年に逝去、現在は長男の関口勝利氏(1939-)が三代教え主。関口勝利氏は実業家でもあった父・榮氏より資産を受け継ぎ、学校法人富士陽光学園理事長、財団法人陽光美術館理事長、三ツ矢グループ数社の社長を務めている。 |
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| 関連リンク | |||||