| 正式団体名 | 宗教法人 国柱会 | 立教 | 1914(大正3)年 | |||||||||
| 開祖・教祖 | 田中智学(たなか・ちがく) | 現指導者 | 田中暉丘 | |||||||||
| 聖典・教典 | 法華経 | 本拠地(聖地) | 東京都江戸川区一之江6丁目19番地18号 | |||||||||
| 崇拝対象 | 佐渡始顕妙法曼荼羅 | 信徒数概算 | 2万人 | |||||||||
| 教団の特色 | ||||||||||||
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| 国柱会(こくちゅうかい)は、日蓮宗と国家主義をブレンドした超右翼思想宗教団体として発足、戦前戦中においては日本の満州・中国・東南アジア・オセアニア地域への侵略を支持したことで有名です。在家の仏教教団です。
創始者の田中智学は「純正日蓮主義」を掲げ、法華経を国教とした日本が世界を征服し、世界を法華宗化するという遠大な目標をもっていました。その一環として田中智学は「八紘一宇」という造語を創作し、これはのちに軍部のスローガンとして利用されました。八紘一宇とは、全世界を天皇を頂点とした1つの国家に統一するという意味です。日本の軍部は八紘一宇の第一歩として「大東亜共栄圏」を標榜し、近隣各国を侵略していきました。結果として国柱会は大東亜戦争に思想的に加担したということがいえると思います。 田中智学の唱えた国家主義的思想は今では危険思想としてとらわれがちですが、当時はこのような思想がトレンドであり、特に右寄りな思想というわけではなかったようです。また、戦前から存在する日蓮宗系の宗教団体は何らかの形で田中智学の思想の影響を受けているといわれています。 話を戻しますが、国柱会の信者として知られていたのが石原莞爾と宮沢賢治です。石原莞爾は陸軍幹部(関東軍参謀)として満州事変・満州国建国に深く関わった人物として知られていますが、彼の思想は国柱会の影響を深く受けていました。満州事変の首謀者でありながら、実は平和主義者であり日中戦争には強硬に反対したといわれています。宮沢賢治も同様で、彼は終生国柱会の信者でした。宮沢賢治の墓が国柱会本部にあるそうです。 戦後になりGHQは八紘一宇という単語の使用を禁止し、国柱会の日蓮国家主義も壊滅したかのように思えました。が、国柱会は1953(昭和28)年に宗教法人として認可され、現在は江戸川区一之江に本部があります。今なお滅びずに現存しているということが驚きですが、さらに感嘆すべきは、その思想の根底はいまだに変わっていないことです。 国柱会の主旨は日蓮聖人が存命時に立てた目標を愚直に実現すること、すなわち日蓮聖人が唱えた「立正安国論」の実現が目標です。これは現在の国柱会でもまったく変わっていません。これを「純正日蓮主義」と呼んでおり、立正安国論とは、全国民(ひいては全人類)が法華経に帰依することで日本(ひいては全世界)に平和と繁栄がもたらされるというものです。 |
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