| 正式団体名 | 宗教法人 幸福の科学 | 立教 | 1986(昭和61)年 (平成3年に宗教法人認可) |
||||||||
| 開祖・教祖 | 総裁・大川隆法(おおかわ・りゅうほう) | 現指導者 | 総裁・大川隆法 総裁補佐・大川きょう子(大川隆法氏の妻) |
||||||||
| 聖典・教典 | 「正心法語」ほか、大川総裁の執筆した書籍全般 | 本拠地(聖地) | 総合本部:東京都品川区東五反田1-2-38 総本山:栃木県那須郡那須町梁瀬493-1 |
||||||||
| 崇拝対象 | 釈迦大如来(エル・カンターレ=大川隆法) | 信徒数概算 | 200万人 | ||||||||
| 関連企業 | 幸福の科学出版 | ||||||||||
| 教団の特色 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
東大卒の商社マンだった大川隆法(本名・中川隆)氏とその父親・善川三郎(本名・中川忠義)氏によって立教されました。父親の善川氏はご存命のころ教団の顧問を務めておられましたが、その存在はあまり知られていないかと思います。 幸福の科学はオウム真理教とほぼ同時期に頭角を現し、6畳一間から出発して3年でテナント料月数億円のビルひとつ借りれるほどに急成長したことや、入信には試験があることなどで注目を浴びました。 大川氏は父親(善川三郎氏)の影響でかつて生長の家およびGLAの信者でした。布教の方法もこれらの教団のやり口を合わせて洗練したものになっており、GLAの高橋信次に感化された「異言」(イタコ状態になり自分とは違う存在が勝手にしゃべること)と、生長の家の谷口雅春に感化された出版活動を柱にしています。教団設立から数年間、大川氏の著作は「○○の霊言」シリーズとして、善川三郎氏の名前で出版されていました(大川氏が霊言として語り、善川氏が書き留めるという格好で書かれています)。本が売れ出してからは大川隆法氏の名前で出版されるようになりましたが、本人が書いているのかどうか疑われるほどのハイスピードで発刊され、このシリーズだけで60巻近くはあったはずです。 ○○に当てはまる人物は日蓮聖人、イエス・キリストから坂本竜馬、出口王仁三郎、谷口雅春、高橋信次にいたるまでさまざまですが、すべて過去実在した人物で、イエス・キリストや坂本竜馬はともかく、出口王仁三郎や谷口雅春などの霊言にいたっては過去の出版物などからの流用もあるとされています。しかしあくまで「霊言」(霊が乗り移って語ったり筆記したりすること)であって盗用流用ではないので、著作権には抵触しないという非常に巧妙な手法だと思います。宗教界や歴史上の大人物の名を借りての出版活動は功を奏し、霊言シリーズは売れに売れまくって教団発展の礎になりました。大川氏のネームバリューは一気にのし上がり、オウム真理教と共に1990年代初頭の「新・新宗教ブーム」(戦後2回目の宗教ブーム)の立役者となりました。 現在では出版のペースも少し落ちているようで、内容も霊言シリーズから「○○の法」といった、大川氏の想像世界(といっては失礼ですが)を語るシリーズへとシフトしています。大川氏の名前が世間に浸透してきたためもはや「霊言」の形を借りて語る必要もなくなったのでしょう。90年代半ばに「太陽の法」「黄金の法」「永遠の法」と三部作が完成、これは教団の基本経典とされています。 以前は「フライデー」誌で大川氏のスキャンダル報道などが行われ、これに端を発した講談社への抗議行動など社会現象面でも一時注目を浴びますが、とくに危険な思想もないしヘンな儀式やしきたりもないのでマスコミ的には面白みがなかったのでしょう。現在はほとんどその活動が報じられることもありません。いずれ普通の教団として世間に認知されていくのではないでしょうか。 下世話な話で申し訳ありませんが、大川氏の印税はいかほどなのか興味があります。あれだけ多くの書籍を出版していて、信者の方々はほぼ全員購入するでしょうし書店でも平積みになっているくらいですから、出版活動だけでもかなりの収入だと思います。出版は「幸福の科学出版株式会社」から行われており教団運営とは別のようです。 |
|||||||||||
| 教団の発祥 | |||||||||||
|
大川隆法(1956〜)が創始者。大川隆法は1981年に霊言を体験し、1986年より本格的な宗教活動を開始した。1991年宗教法人。信徒は大川隆法の著作などを通じて霊的次元を高め、他者をも幸福にすることを目指す。 『新宗教教団・人物事典』弘文堂 より | |||||||||||
| 関連リンク | |||||||||||
|
|||||||||||