正式団体名 法輪功/法輪大法(Falun Gong/Falundafa) 立教 1992年
開祖・教祖 李洪志(Li HongZhi) 現指導者 同左
聖典・教典 「轉法輪」など 発祥地 中華人民共和国
崇拝対象 信徒数概算 1億人以上
活動拠点 明慧ネット、ほかインターネット上のWebサイト 関連リンク 明彗ネット日本語版
教団の特色

中国発祥の思想団体?宗教団体?実態は不明だが、設立されてから10年足らずで信徒(修練者)数1億人以上は確実に存在するという。さすが中国、おそるべき数字である。それはさておき、法輪功(法輪大法)は気功の一種であり宗教ではないとするのが創設者である李洪志氏とその信者(修練者と呼ぶ)の立場である。が、李氏の書いた書物によれば、法輪功は宇宙のエネルギーを体内にとりこむことによって魂を浄化するのだそうである。仏教的な思想が背景にあるようにも思えるが、勉強が足らず私にはよくわからない。また法輪功をやれば病気が治る、医者は必要なくなるなど医学に対して批判的な立場をとることや、李洪志氏にたいする修練者の帰依心が高いことから、宗教的側面を持った思想団体・政治結社と見る向きもある。事実、法輪功の修練者たちが自発的に運営しているとされる各種ウェブサイトでは政治的発言も目立つし、李氏に対する扱いは師匠というより教祖様・神様級である。
私の個人的見解では、オンライン上での彼らの活動を考慮しなければ、これは気功によって心身を高めるのが目的ということなので、おそらく「和尚」のような瞑想団体と似たようなものと捉えている。宗教というよりも「精神世界」の分野に近いのではないだろうか。

法輪功の修練者たちは特に組織化されていないとされているが、その割には組織力を見せる場面が多く、法輪功についてメディアが悪く書きたてると翌日には多数の修練者たちが一つどころに集まって大規模な抗議活動を行うということがこれまでに何度かあった。また共産党中枢部の決定事項が翌日には法輪功修練者の間に知られることから、幹部の中にも信者がいることが発覚し、これら団体行動やスパイ活動を体制への反抗とみる国家公安部は、法輪功を非合法活動として殲滅する方針を固め、修練者の逮捕、関連出版物の回収・廃棄など、ついに法輪功を弾圧する事態となった。現在、当局は李洪志氏にたいして逮捕状をだし指名手配中であるほか(しかし李氏は現在アメリカ合衆国に在住)、修練活動を公の場で行うことや抗議活動を禁止するなど団体規制の通達を出し、また政府の主導によって人民日報など現地大手メディアには法輪功に対する様々なゴシップ記事が掲載されている。

中国共産党は国家の安全と称して、とにかく反体制はその思想すら許さず、徹底して弾圧を行う。10数年前の天安門事件でもそうであったように、今回もまたかなり徹底的につぶすつもりらしい。公安当局によると、法輪功は北京の本部を中心に組織化され、反体制的な政治活動がみられるとしてこれを弾圧の理由としている(李氏は組織化などしていないと反論、修練者のデモ活動は自発的なものであると弁明している)。また迷信により病院に行かずに病死したり自殺したりなど多数の犠牲者がでているとして、思想方面からも弾劾し人民に対して弾圧の正当化を訴えている。しかし今度は相手の数1億人以上である。宗教的要素を帯びているため、それを壊滅するのは容易ではないと思われる。過去の歴史が語っているように、民衆の心は武力行使ではまず変えられないといっていいだろう。

なお、日本では鶴薗雅章氏(falundafa@shodens.co.jp)が代表となって布教(?)活動を行っている。正式な団体が存在しないため日本国内の信者数は明らかでないが、中国からの留学生や労働者の中にも多数信者がいるとされており、今後も増えていくものと思われる。

教団の発祥
作成中
現場からのありがたい情報
メールにて、実際に法輪大法を修練されている方より情報をいただきました。ありがとうございます。まず、私の上記記述について間違っているところをご指摘いただきました。列挙しますと
  1. 崇拝対象が釈迦牟尼であるのは間違い
  2. 本拠地が北京市というのは疑わしい
  3. 「法輪功は宇宙のエネルギーを体内にとりこむことによって魂を浄化する」という表現の妥当性
まとめると上記3点になります。まず1について、法輪功はあくまで気功の一種であり宗教ではないので、釈迦に限らず何かを崇拝することはない、ということです。崇拝ではなく個人の修練によってより高い境地に到達しようとするもの、それが法輪功であるというのが修練者の方のご意見であります。この点については私自身勉強不足でありますので、さらに修練を重ねた上で解説文の修正を行いたいと思っております。

2について、(当初からの李洪志氏側の言い分どおり)修練者は一切の組織化を行っておらず、名簿や管理者も一切いないので、本拠地という表現自体が妥当なのかどうかというご指摘をいただきました。
確かに、公安当局が法輪功の拠点に突入したというニュースは確認できません。現地のリーダーあるいは幹部が誰であるという話もでてきません(提唱者である李洪志氏は米国に在住)。当局は抗議活動や公の場での修練活動を行った修練者たちを逐一検挙しているにすぎません。とすると北京市に修練者を統率する具体的な組織がない以上、本拠地という表現は確かに不正確だと認識しましたので若干修正しました。ただ、私の観察におきましては、現状では北京市にもっとも多くの修練者が住んでおり、実際に公安当局は北京市にて抗議活動を行っていた修練者を多く検挙しているのは事実だと考えております。おそらく発祥地も当時の李氏の拠点であった北京市であろうと思います。

としますと、組織も名簿も運営者もいないのにどうやって修練者たちは団体行動をとっているのか、なぜ多くの修練者がひとつの場所に集まって修練活動を行うのか、という疑問が残りますが、これについては、彼らはインターネット上のとあるサイトにて活動方針を伝えられるのだという情報を得ました。修練者が運営するサイトはいくつもあるのですが、とくに「明慧ネット(MingHui Net)」がその中心のサイトになっているらしいです。このサイトはオリジナルは英語ですが最近では日本語版もあり(このページ上部の関連リンク参照)、英語の本サイトは中国ではなく米国でメンテナンスされているそうです。その「明慧ネット」と李氏の関係がどうなのかはわかりませんが、李氏の説法がそこに登録されているところをみるとどこかでつながっているのだろうと推測されます。が、李氏自身は修練者にたいして説法はするけれども、具体的な活動を指示することは一切なく、各修練者は各サイトに集まる人々の横のつながりで独自に、それぞれなんらかの団体行動をしているものと思われます。

「明慧ネット」以外の各国に点在するサイトについては、「明慧ネット」からの指揮管理体制はなく、修練者たちが自発的にボランティアで「明慧ネット」のコンテンツを追ったり独自の記事を載せたりしているそうです。このようなサイトは日本にももちろん存在しますが(このページ一番上の「WWW」ボタンをクリックするとそこへ飛びます)、日本のサイトは鶴薗氏が中心となって構成する修練者たちが運営しているようです。鶴薗氏は日本における法輪功普及の功労者でありますが、かといって彼が日本国内の修練者を組織化したり、あるいは自らが日本で一番トップの修練者だ、というような振る舞いをしているようなことはないようです。つまり、この日本国内のサイト運営にかかわる鶴薗氏とその周りの人たちは、端的にいえば「鶴薗氏とその仲間たち」といった雰囲気で、単に同好会のようないわば任意団体であり、鶴薗氏は単なる幹事役、といった認識が一番妥当でしょう。ただし、国内のすべての修練者が鶴薗氏とつながっているのかどうかは現在のところ未確認であります。鶴薗氏とまったく交流のない法輪功同好会(?)が存在するかもしれません。この点については非常に興味深いので近日中に調査いたします。

またこれに関連する重要な情報として、修練者たちはみなフラットで、かつてのオウム真理教(現アレフ)のような信者のランク付けは一切ないそうです。修練者の修練レベルが違っても正大師とか正悟師といったような関係はなく、唯一あるのは師父(李洪志氏)と弟子(修練者たち)という関係だけで、あとは法輪功の伝道者である「輔導員」(先の鶴薗氏がそう)が無償の奉仕活動をするという仕組みになっているようです。「輔導員」もその名前からして、特殊な地位なわけではなくまさに単なる「幹事役」といった存在なのでしょう。事実だとすれば、個人的には好感がもてる運用体制です。というかだれも運用してないそうなんですが・・・

3についてはかなり貴重な情報をいただいたのですが、私自身まだ考えがまとまっていないのと、長文になるので後日改めて書かせていただきます。

ということなんですが、結論として私がみる「法輪功」というのは、これまで存在したいかなる宗教団体ともその活動方法や構成がまったく異なるものであるということがわかってきました。これまでと同じ括りで考えていては法輪功の実態は理解できないのであります。

そこでひとつ気づいたのですが、コンピュータ業界にも非常に似た団体構成が存在します。勘の鋭い方はすでにお気づきでしょうが、これはまさに「伽藍とバザール」そのものではないでしょうか?もちろん、「伽藍」は従来の宗教団体、「バザール」が法輪功です。すなわち、これまでの伽藍での宗教活動から一歩前進して、広場に出てバザール的に活動をはじめたのが法輪功なのだ、と考えると非常に視界がクリアになりますが、どうでしょう。
法輪功が客観的に見て宗教かどうかはともかく、このような構成で集団が成立するというのはこれまでになかったことであります。仏教やキリスト教も発生当初は師匠と弟子の関係しかなかったのでその点では目新しくないですが、法輪功の場合、インターネットというバーチャル空間を通して弱く、そしてリアル空間での無秩序な地域活動として強くつながっているという点ではまさに画期的でしょう。いわば Linus Torvals と Linux コミュニティに対して+αの体制をとる新世代の集団構成です。思想と実践を持ったバザールは Linux のように大変急速に世の中に浸透していくのはすでに実証済みですが、法輪功もまさにその通りの展開をしているわけで、これは社会学的な観点から見ても貴重な研究対象です。とても興味が湧きました。いよいよ21世紀にはいり、宗教活動(思想活動かもしらんけど)にも斬新な手法が成立しつつあるといったところでしょうか。

なお、「伽藍とバザール」が何のことだかわからない方は、ここをご覧ください。これは、とある米国人が発表したソフト開発にかかわる手法に関する論文ですが、コンピュータ業界にいる人、あるいは Linux 文化について興味のある方には一読の価値はあります。GNU と Linux の違い、あるいは商用ソフトとオープンソースの関係についていろいろと考えさせられる論文であります。・・・宗教と関係なくてすいません。

以上、散文乱文で申し訳ありませんが、私の中では今一番ホットな団体ですので、来月あたりから短期集中的に研究を重ねていきたいと思っています。次回は社会学的な観点だけではなく、その教義や思想についても私なりに調査結果を報告いたします。乞うご期待!(誰も期待してないってか)

インターネット上の情報源(リンク)
人民日報日本語版 中国法輪功