| 正式団体名 |
宗教法人 円応教(えんのうきょう) |
立教 |
1919(大正8)年 |
 |
| 開祖・教祖 |
教祖 深田千代子(ふかた・ちよこ)1887〜1925 |
現指導者 |
二代教主 深田充啓(ふかた・みつひろ) |
| 聖典・教典 |
|
本拠地(聖地) |
〒669-3192 兵庫県氷上郡山南町村森1-1 |
| 崇拝対象 |
大御親 |
信徒数概算 |
45万人 |
| 教団の特色 |
 |
| 円応教本部 |
1999年に九州・四国・中国地方をツーリングで回った際、九州の高千穂町で宿泊したユースホステルで同室になった人から教えてもらったのが「円応教」でした。私が宗教の本拠地巡りをしているというと、彼は自分の住む兵庫県の中腹には円応教の聖地があってなかなか大きな教団であると教えてくれました。四国・中国地方を経由してわざわざ現地までいってきました。
周りに高い建物がない地域なので、田畑の向こうにそびえたつ異様な寺院を見つけたときは「おお、これか?」と思い、近づいていくとまさにそこでした(左写真)。結構立派で大きな建物です。金光教の本部(岡山県浅口郡金光町)をみた後だったのですが、敷地面積も金光教の本部と同じくらいはあったと思います。
|
| 教団の沿革 |
1919(大正8)年7月16日、深田千代子が、「神の使いしめに生まれ、世の中の道具になる」との天啓を享け、宗教活動を開始。満5年6ヶ月間ののち昇天。直接教えを受けた弟子により教えが継がれる。
1925(大正14)年2月9日、円応法修会設立。佐々木俊蔵が会長に就任。1931(昭和6)年2月6日、円応修法会と改称。深田家菩提寺で妙心寺派霊雲寺の住職・林誠道が会長に就任。1933(昭和33)年、円応報恩会設立。伴仲実襄が会長に就任。
1948(昭和23)年6月10日、教祖深田千代子の一子、長治を立て両会が合併して、教祖の法名「円応」の二字をとり、円応教として宗教法人の届出をなす。
1952(昭和27)年7月7日、認証せらる。初代教主深田長治、爾来28年間社会教化に、施設拡充に率先躬行、1976(昭和51)年4月3日昇天。1976(昭和51)年4月6日、初代教主の長男・深田充啓が二代教主に就任。教団施設、組織を整備し、布教の拡大にあたる。 |
| 教旨 |
中央の真殿に大御親(円形の鏡を象徴とする)を祀り、これを信仰対象とし、向かって左側の教祖殿に教祖、慈照院圓應智覺大姉を祭り、向かって右側の祖霊殿に圓通院天山崇覺居士、深田家及び信者各家の先祖を祭る。信者の信仰の対象は自由であるが、特に自分の先祖・氏神に対する信仰を強く教えている。
教えは、天地同根、万教一元、物心一如、生活即宗教であり、教祖立教の本義「世の中の道具になる」に基づき、教義をひろめ、祭典行事を行い、信者を教化育成し、個人の愛と誠とをもって、個人の霊力の自覚と発揮につとめ、主客合掌して相対し、教祖の霊導を信じて、個人の霊力の無限性、崇高性、偉大性を自覚反省懺悔する「修法」を行い、人格の修練につとめ、個人と社会との幸福なる生活を打ちたてる。
|