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【福岡】年間累計1900人の人が集い、泡盛を楽しむ。総会には“泡盛の女王”も登場し、最高潮の盛り上がり。杯を酌む談笑の輪が幾重にも広がり、皆チョーデー(兄弟)になる。
衆院選期間中の9月9日、福岡市内のホテルで福岡泡盛会の第22回総会が開かれ、約240人の“泡盛党員”が出席した。同会は21年間もの間、8月を除く毎月、泡盛を楽しむ酒会を催してきた。総会とはいえ、会の現況報告がある程度で、いわば特別例会、“福岡泡盛会の秋祭り”との位置付け。総会には沖縄18社の泡盛メーカーが協賛し、うち7社が試飲コーナーを設け、飲み手との交流を深めた。1960年代サウンドが響く生演奏の中、ダンスにも興じ、泡盛の女王を囲んで、杯を交わすピッチも上がった。
開宴に先立ちあいさつした上島元次・同会代表理事は、泡盛の普及に感慨深げ。「スーパーでも泡盛を見かけるようになった。泡盛が普及してきた証拠だ。泡盛を日本中に、さらには世界中に広めてやっていただきたい」と、一層の愛飲と口コミ“宣伝”を呼びかけた。泡盛メーカーを代表しあいさつに立った新里修一・沖縄県酒造組合連合会副会長は、「今後も品質向上に努め、600年の歴史がある泡盛を大事に造っていく。福岡で泡盛を一層広めていただきたい」と語り、変わらぬ業界支援を訴えた。今回来福した泡盛の女王、松田淳奈さんは、「沖縄の人々に愛される泡盛が、世界に誇る蒸留酒になったのは皆さんのお陰」と感謝の言葉を述べた。
ごく一般の飲み手が主役の酒会「福岡泡盛会」の初回開催は昭和59年9月。以来、230回を超える例会(酒会)を重ねてきた。同会運営を底辺で支えてきた山城高常・同会事務局長(「ラジオ沖縄」福岡支局長)は、泡盛普及の後ろ盾となった偉大な“継続”の核となった人物といえよう。発会当時は泡盛を知る人自体少なく、ましてや愛飲の人はまれで、泡盛メーカーから、「何とか底辺を広げることはできないか」と相談を持ち掛けられたのが、会発足の発端だった。何より、「(泡盛に触れ楽しむ)波紋を外へと広げていく」(山城さん)ことが目的だった。
一度参加すると、半年間返信がない場合を除き、会の案内状を送る。その送付先名簿の登録者数は700人にも達しているが、沖縄県人は5%にも満たないというのも、同会が泡盛の新規愛飲層を広げてきたあかしといえよう。山城さんは今後の課題について、「泡盛の仕次ぎのように、会が若返ること」だと語り、泡盛を支えるファン創りに一層の意欲を見せる。
当日の総会では、直近1年間の会の現況について、「出席者は総数で1905人、うち新規入会者は163人」との報告があった。