岩兵衛くまちき土佐旅行レポート2

「長宗我部元親の墓から若宮八幡宮へ」
目的地の方向が分らないので、とりあえず大きな道路に出るために歩くと海岸沿いに出ました。くまちきは土佐のキレイな海に感動した様子。若宮八幡宮へ向かい右折、せっかくなので砂浜に降りる事に。
砂浜は柔らかく歩きにくいので足に負担がかかります。あっけなく歩道に戻ったのでした。

ここらで普段歩く事が少ない私の足は関節が異状をきたしています。足の付根が痛い!
そして未だに飛行機の気圧で変になった耳の中がゴロゴロしてるよ!


えっ!?まだ治ってなかったの。
ここらで普段外に出る事が少ない僕の肌が異状をきたしています。腕が日焼けで痛い!


「若宮八幡宮・鎮守の森公園」
道沿いで偶然みつけた直売の饅頭屋さんで少し腹ごしらえ。そこで道を聞いたとうり、すぐ先に大きな鳥居が見えました。
神社の本堂までは距離があり、その間は両側に植木の緑が多い一本道。静かでキレイなので落ち着いた気分になります。
しばらく歩くと、くまちきが右側に大きな鎧武者を発見!

か、か、かっこいい〜っ!!

「長宗我部元親公 初陣之像」
元親の没後400年にあたる平成11年5月に建立された。高さは台座を含め約7メートル。
銅像の前には四国地図があり戦国時代の豪族勢力図が表され、戸次川合戦の戦死者の霊版も設置されています。

歴史上では滅んだ長宗我部家ですが、こうして偉業が称えられ立派な銅像になっている事に感動しました。兜の前立てがカタバミの家紋なのも嬉しかったです。
写真を八方向から撮ってホームページに載せる事を思いつきました!
(画像は動いてますか?容量が大きいので表示されるのが遅かったらスミマセン)

僕の腕の日焼けが真っ赤で鎧の小手みたいなっていました。
そこで、この銅像と同じように左腕を前に突き出し「元親!」とポーズを決めるのが、しばらく二人の間で流行したのだ。


「若宮八幡宮」
1185(文治元)年、源頼朝が祖父為義の冥福を祈り創建された。
武家尊奉の神社として尊崇され、長宗我部元親は出陣祈願の社と定めていた。

戸次川合戦で嫡男の信親が戦死すると、元親は鳥居を壊してしまい、明治時代まで取り付けられる事はなかった。神社にやつ当たりするなど、元親の人間味を感じる話だと思いました。
境内には長宗我部家臣「福留隼人」を祭神とする隼人社があったのを後で知りました・・。

神社の方と話しができました。銅像を造られた彫刻家の方は亡くなられたと聞き、立派な作品を残してくれた事を感謝したいと思いました。そして、このホームページの宣伝もしてしまいました。若宮八幡宮のホームページもあるので御覧下さい。

お守りや根付を買いました。御利益がありそうだ!
そして、この後は来た道を戻り、また海岸沿いに出て桂浜方面へ歩きます。

 

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