大学に入ってからは、オーケストラ活動をしたい気持ちはあったものの、もう一つの音楽活動の方が先に忙しくなってしまい(バンドをいくつか組んでいてオケ活動にまで手が出せなかったのです…)ヴァイオリンとヴィオラを個人的に続けるにとどまりました。しかし、このころはヴァイオリンに関する本を読みあさるようになった時期でした(「弦楽器のしくみとメンテナンス」ともこの頃出会ったわけです)。それが、弾くことだけではなく楽器自体への関心を、今まで以上に高めました。
そんな生活を続けるかたわら、僕は出版社の編集部のアルバイトをしていました。今思い返すと、それがきっかけとなり、それまでほとんど考えられなかった自分の将来を、具体的に考えるようになった気がします。何か自分がやりがいを感じ続けてやれる仕事ってないものかな?と、いろいろなことに挑戦してみた時期でした。そういった意味で、途中で辞めてしまいましたが、2年間の大学生時代は、僕にとっては内容の濃いものでした。
いろいろ自分の仕事について考える中で、佐々木朗氏の本に出会った時は、大変な驚きがありました。その内容は、限りなく曖昧さをそぎ落としてあるという印象でした。それから、氏のホームページでの技術的なレポートなどを見るようになり、更に深く関心させられました。やはり、このことが弟子入りを考える決め手となりました。
弟子入りするにあたっては、佐々木氏の弟子入試験を受ける必要がありました。初めに佐々木氏のところに具体的な話をしに行った時、氏の求める条件の1つである(詳しくは、
こちらをご参照下さい)「親の同意」が得られていない状態でした。試験を受けるには、まずそこから始めなければなりませんでした。
2001年1月14日、弟子入り第一次試験。まずこの日は、ヴァイオリンがある程度弾けるのかを見る試験(チューニングと音出し程度のもの)をしました。それから、筆記試験(佐々木氏の本の基本的かつ最も重要な内容の部分の論述問題と、ちょっとした計算問題)、実技試験と移っていきました。下の写真が、最後の実技試験で作ったものです。できあがりは一見、東急ハンズに売ってそうなものですが、一辺が10cmの立方体から直径6cmの球体を作ったものです。まず、10cmの立方体から6cmの立方体を作り、それを22面体にしてからヤスリで球にしていきました。実技試験は2時間だったのですが、フルに時間を使って作りました。たかが発泡スチロールの球体ですが、作り終えた時は不思議な満足感のようなものがあったのを覚えています。
このように、ただ僕が強く弟子入りを希望しただけでそれが実現したわけではありません。僕がヴァイオリン製作の勉強をするための環境は、師である佐々木氏と理解ある家族に与えていただいたものです。今実際に弟子入りし、勉強を始めたわけですが、このような恵まれた環境に甘んじることなく、いつかは自分も人に何か与えられるようになりたいという気持ちを力に、がんばりたいと思っています。