楽器の「キャラクター」に対しての「調整」というイメージをつくろう!

楽器も人間もすごく似ていて「キャラクター」は、生み出された時点で大きく方向づけられたり、親(工房)の水準によって決定づけられてくるようなものです。



皆さんも普段、人に「いいキャラしてるね!」とか自然に使っているように「キャラクター」自体にも確かに良し悪しがあります。

ただ、「キャラクター」は根本的な部分なので、変えようと思っても基本的には変えられないものだと思って下さい。

無理に変えようとするよりは、その「キャラクター」がどの様なものなのか、より深く理解したり、そのままを受け止められた方が、その後の「調整(対処)」にも大幅にプラスになります。



解らなくなったら、人間に例えればイメージは繋ぎやすいです。

『あのアイドル、絶対「キャラ」作ってるでしょ!』という感覚。

絶対に操作できないわけではないのだけど、そこには誰もが感じてしまうような操作への違和感。

そんな事するよりは、そもそもの「キャラクター」の持ち味で勝負したら良いんじゃないのという発想。

この発想は「調整」でも有効(より効率的)に活用できます。



さらに話を進めていきますと、楽器とそれを扱う人間(ここでは当然、演奏者、所有者が含まれてきます)の関係も、子供と親の関係と非常によく似ています。

製作家を「生みの親」的に考えるなら、次に楽器を扱う人は「育ての親」といったところでしょうか?ま、イメージですけど。

違う言い方もしておきますが、見る人が見れば、それら親の人間的レベルと教育スタンスは、子供(楽器)に目に見えた情報として現れているのがわかるものです。

皆さんも、そんな経験ありませんか?



そもそも、子供(楽器)はその親(楽器を扱う人)を好きこのんで生まれてくるわけではないので、時には不当な扱いを受けてしまうケースも多く見受けられます。

みんなそれぞれに才能・性能(潜在的なものも含む)を持って生まれてくるのに、それらを発揮する可能性を摘まれてしまっているような悲劇的イメージ。

これが人間の事例の場合、ニュースになっていますよね。

「最近多いな・・・。でも、ウチはだいじょうぶ・・・な・・・はず・・・。」では何も変わらないですけど。この手の事例には多少なりとも誰もが危機感を持っていくべきだと僕は感じます。

まあ、ここで楽器の場合でも社会的ニュースになれば、あまりにも無関心な方々の危機意識がもう少し高まるのですが・・・。

ただ、あくまで楽器は楽しみのためにあるので、そこまでは、同等に扱われない性質を持っているのかもしれませんね。

正直、職業柄むなしいほどに残念な事例を目撃することもあります。



今回の話題の中では、僕を児童相談所の職員か何かと思っていただけたらいいんじゃないですかね?今回はイメージさえして下されば良いんです。

僕は日々いろいろなケースを(人と楽器をセットで)見ているわけですから、それぞれに対して、あくまで、それぞれに合ったアドバイスを冷静(客観的)にすることが主たる仕事になるんです。



親(楽器を扱う人)が相談すること自体を「恥ずかしい」と(世間体が気になる的に)思い続けていて、行動にうつさなければトラブルは一向に解決の方向にはむかいません。

普通、子供は救われるすべを知らないのですからね。

僕は、子供の為に「ウチの子何考えてるんだか解りません、どうしていいのか判りません・・・。」と言えちゃう親の方を尊敬しますけど・・・。

そこには、極上の「向上心」が表れていて素敵です。

もしかしたら、子供(楽器)の運命の大部分が、そういった親(楽器を扱う人)のそんな「向上心」にゆだねられているのかもしれませんね。

「全然心配いりませんよ。周りもほとんど解ってないんですから。」



本質的に「良い関係」を築く為には、親(楽器を扱う人)が子供(楽器)をより深く理解したり受け止めなくてはならない部分が当然必要となってくるのは、皆さんが、ここまでの話を含め、それぞれの経験に当てはめて下されば誰もが十分実感できる内容だと思います。

今までの(音楽)教育(初歩段階でのものから、限りなくプロフェッショナルに近い段階まで共通して)には、こうした本質的な部分での「楽器」側からアプローチする部分が欠落していました。

この事は、アンバランスな考え方だけを増加させる結果にも繋がって、本来演奏家がもっと効率的に上達できた部分で、必要以上に苦しみ続けていたのではないでしょうか?

ある音大生の友人とも話したことがあるのですが、大学でさえ「楽器学」という講座を設けてはいても内容的には驚くほど表面的なアプローチしかできていないと聞いてショックを受けたくらいです。

日本も、時代はもうちょっと本質的な部分から攻める時期にきていると個人的には思っていますけど・・・。



未だに、楽器が無条件に時間さえ経てば、音が鳴ってくると思い込んでる人が多いです。

例えば、「子供は、ほっとけば(何もしなくても)全員立派な大人になる!」って言い切ってる人を見かけたら、この人どこかおかしな事(ズレた事)言ってるなって誰もが感じられると思います。



確かに、「時間」は楽器だろうと子供だろうと「変化」をもたらします。

ただ、この「変化」は何のケア無しに発生した場合には、悪い方向に「変化」していくことも多いです。

「変化」イコール「良い変化」と無条件に考えているとしたら、それは、ただの思い込みですし楽観的過ぎます。

そういった安易な思い込みの多くが、危険な発想だと気がついてほしいのですが・・・。



「時間」が掛かってでも、理屈をもって(方針をもって、ねらいを定めて)その「変化」が「良い」方向に起きるよう、きっかけを与え続けなければいけないのが、人も楽器もそもそも大変なところなんです。



このあたりのイメージを少しでも皆様に共有いただけて、一人でも多くのお客様に「継続的な調整」の重要性を理解いただき、確実に「良い結果」をだして(それぞれの目標を達成して)いただければと思いながら、日々仕事をしています。

少なくとも、この開業からの数ヶ月間だけでも、僕の工房に来ていただいたお客様とは確実に成果を出せることがわかりました。

「調整・メンテナンス」に興味・関心をお持ちの方は、どうか楽器をお見せ下さい。