100のお題 No,058 「心配しないで」





 「ふぅ … 」
 本日、午前の訓練終了。
 瞳を閉じ、シミュレーターの座席に深く身を預けたちずるは、無意識に自分の胸に手を置いた。
 「(    大丈夫、大丈夫)」
 つい確認してしまう自分の心臓。 手術して治っているとは言っても、やはり不安になってしまう。
 息苦しさも、胸の痛みもない。 心臓の動き方も正常。 それを確認してしまうのだ。

 「おい、大丈夫か?」
 不安げな豹馬の声がかけられた。
 ちずるが旨に手を置いているので、豹馬も不安になったのだろう。
 「あ、大丈夫よ。 心配ないわ」
 自分がつい取ってしまった行動が、豹馬に不安を与えたのを知って、ちずるは努めて明るく声を返した。
 「どないしたんや?」
 シミュレーション室から出ようとしていた十三、大作、小介も、ちずるに声をかけている豹馬に気付いて戻ってきた。
 「いや、ちずるが胸に手を当ててやがるからさ … 」
 まだ、不安がぬぐえないのか、心配そうな声のままである。
 「ちずるしゃん、また心臓が?!」
 「お姉ちゃん?!」
 ちずるが冒された病気 … 心臓弁膜症が再発したかと、メンバー全員が不安になってしまう。
 「ホ、ホントに大丈夫よ! 心配しないで。 その、これは、つい … 」
 心配かけたくないのに心配させてしまう。 だから、あの時も黙っていた。 偶然カルテを見てしまった小介にも強く口止めした。
 しかし、結果は皆に迷惑をかけてしまったが … 。
 既に病気の事を皆知っているから、下手な良い訳は更なる心配と誤解を招きかねない。 キチンと誤解を解いておかねば。
 「あのね、やっぱり不安になっちゃうの。 だから、つい心臓を確認しちゃうのよね(苦笑)」
 ちずるは、自分の不安を皆に話した。
 「豹馬も、腕の事で不安になったりした事あったでしょう? それと一緒よ。 『心配しないでも大丈夫』 と検査の度に先生からも言われているけれど、やっぱり … ね」
 自分の腕の事を言われて、豹馬は納得がいった。
 確かにその通りである。
 特に、豹馬の場合、まだまだ研究中の素材であり未知の部分がある “人工細胞” を使用しているという事や、薬品による壊死、拒絶反応と言った事があったため、その不安も大きい。
 「ごめんなさいね、無用な心配かけちゃって」
 ちずるは謝りながら、シミュレーターから立ち上がる。
 「心配しないで。 さ、お昼行きましょ。 お腹減っちゃったわ♪」
 皆の先に立ってシミュレーション室からちずるが出て行く。
 そんなちずるを見て、豹馬がぽつりと呟く。
 「心で心配していても、表面上は何ともない様にしててくれた方が、気が楽なんだよな」
 「「「?」」」
 十三、大作、小介を見て豹馬が更に続ける。
 「俺も … そうだから … さ」
 つまり、ちずるの前では、 「心配顔は見せないようにしよう」 と言いたいのだ。 ちずるに気を遣わせてしまうから。
 豹馬の言いたい事を理解した十三、大作、小介は、頷いた。
 「みんな〜。 早く行きましょう」
 ちずるの呼ぶ声が聞こえる。
 四人は頷き合うと、走り出し、ちずるを追いかけた。




* 忍の言い訳 *
 「心配しないで」 と言われても、心配な者は心配なんですよね。
 でも、あからさまな表情は逆に相手に気を遣わせてしまう事もあるって事ですね。




トップへ






ホームへ インデックスへ