大塚英志言葉



 

 

大塚英志 Eiji Ohtsuka

1958年、東京都生まれ。作家、漫画原作者、評論家。著書に「物語消費論」、「少女民俗学」など。漫画原作者として、「魍魎戦記マダラ」、「多重人格探偵サイコ」など。

 


  

 語り部は死んだ。

 けれども物語は終わらない。そして新しい語り部はまだ生まれてこない。

 語り部をなくした世界はだから混沌の中にある

いいか、俺たちは破片だ。
 大理石の床に落ちて砕け散った石膏のキリスト像のようにもはやパーツでさえない破片はだから二度と元の姿に戻ることができない。何者にもなれない。俺たちは永遠に壊れたままなのだ。

 

MPD-PSYCHO/FAKE 試作品神話

 



 だが、出発することだけが正しい人生ではない、とぼくは笹山徹にぼくの声が届くのなら言ってやりたい。

 取り残され、そこで考え続ける人生というものもありうるのだ。生き急いだ者たちの人生について、生き残り続けて愚直に考え続ける人生というものもあるのだ。

 今回語るのはそんな種類の人生についての話だ。

 笹山徹の「終わらない夏休み」の物語だ。

 そんな詩的なキャッチコピーは彼に似合わないと思う読者もいるかもしれないが、誰にでも十二歳のありふれた、それでいて切ない夏休みはあったのだ。繰り返すがそれだけが十四歳をめぐる答えである。

 だから笹山徹は幾度夏を過ぎても、あの夏を超えられないでいる。だが難なくあの夏を超えていった者には決して見ることのできない風景を残された者は時に見ることができる。

 それがこの物語だ。

チープな小説が書きたい。死ぬ程不用意で杜撰で、三年経ったら小説の名も作者の名も忘れ去られてしまうただ消費されるための小説を。そしてそういう小説の中にこれまでぼくが評論家として二十代の終わりから一人で格闘してきた事象を評論家としてのぼくの読者が読んだら怒り狂うぐらい安っぽくいいかげんに放り込んでしまおうと思った。サブカルチャーに由来したそれらの出来事はすべて全てサブカルチャーに送り返して、サブカルチャーとして無理やり消費させよう。それがこの小説だ。

 

『多重人格探偵サイコ 雨宮一彦の帰還』

 


 

 雨宮一彦の話をしよう。

過ぎ去ってしまった九〇年代を誰か一人の犯罪者に仮託して語らねばならないとしたら、例えば貴方なら貴方の時代を誰に委ねるだろうか?

四人の幼女を殺し、六千本のビデオテープを積み上げた城に籠もろうとした彼か。

ジェノサイド用の自家製毒ガスでハルマゲドンを起こそうとしたあの男か。

それとも切断した小学生の首を校門の前に置いた透明な存在としての十四歳か

 ならばぼくがノスタルジーを語ろう。

 誰も思い起こすこともない過ぎ去った時代と過ぎ去っていった多重人格探偵・雨宮一彦に対するささやかな鎮魂の物語を。

 センチメンタルなぼくは雨宮一彦の名を記す度に涙する。

 帰らざる日々を思う。

 そう……だから、ぼくはぼくたちに時代への唯一の追悼の物語として、ぼくの知る限りの雨宮一彦について記そうと思う。

どうせこの後もぼくが語らなければならない雨宮一彦の物語にはひとかけらの救いもないのだから。そう、昔、ルーシー・モノストーンが歌ったみたいにね。

 

キリストみたいに静かに祈っても 

 神様も救いも奇跡も届かない。

 

『多重人格探偵サイコ 小林洋介の最後の事件』

 


 

そう、彼の名は、空白となってしまった彼の不在がもたらす空虚さは、替りの何かによって贖うことなどできはしないのだ。

君はその不在に一人で耐えるしかない。

そして君は、喪った者が一体誰なのかさえ、永遠に知ることができない。

そんな二重の空虚に一人で耐えながら、君は懐かしい年に今日も手紙を出すのだろう。

まるで無人島に流れついた遭難者が空き瓶に手紙を詰めて海に流すように。

そう――世界が終わった後に牧師のいない教会で懺悔する罪人のように、君は誰も読むことのない手紙を書き続けているのかもしれないが、けれどもその手紙は同じように無人島で孤独に耐えかねている遭難者の許に万に一つの確立で届くことだってあるのだ。彼もまた恐らくは受け取った手紙への返信を瓶に詰めて、祈りとともに波が打ち寄せる浜辺に投じるに違いない。

それが決して手紙の送り手には届かない返信だとは知りつつも。

だからぼくもまた手紙を流し続ける。

それがこの小説だ。

それにしても磨知。

君は想像したことはないか。

この世界のどこか、多分、それは世界の果てのような場所なのだろうけれど、静かな浜辺があり、そこに無数の瓶が打ち寄せられている光景を。もちろんその瓶はぼくや君やぼくたちのような人間が、届けようのない手紙を詰め込んで海に流したものだ。

そうして、その浜辺には、磨知、君も同じように夢想するに違いないが、きっと彼が佇んでいるのだ。そして瓶を拾い、ぼくたちの手紙を読んで微笑する。

そんな、懐かしい年のような海辺がきっとどこかにあるに違いない。

そうは思わないか。

けれども。

ぼくも君もそこでやはり考え込むのだ。

海辺に佇み、微笑している、その懐かしい顔はそれではいったい何という名なのか。

ぼくたちは彼に呼びかけるための名を失ったままだ。

永遠に。

 

『多重人格探偵サイコ 西園伸二の憂鬱』

 


 

速度。

 そう、重要なのは消費される小説だけが持ちうる速度だ。

 屑さえも書物に仕立て上げる速度だ。

 その速度に乗せなければ届かないことばというものがある。

 その速度に乗せなければ届かない遠い場所に読者がいる。

 

『多重人格探偵サイコ2 阿呆船』

 



 自分が所有するものからのみ、人は快楽を得る自由を持つ……それが、自由というものの本質だから。所有するものによってのみ自己を規定することが、やがては人間の本質になるように。

 

『冬の教室』

 


 

 終りそこねた世紀末について書いた小説だから、誰もがついこの間、世紀末を自分たちが通り過ぎてきたことを忘れてしまった頃に本にしようと思っていた。だから本にするのはもっと先のことだろうと考えていたが、世紀末は思いの外、早かった。

 だから言いたいのはただ一言。

終わってないじゃん、世紀末。

 

『リヴァイアサン』

 


 

 トビオは知らない。

トビオがこの町に住みつくわずかに前、リカが食料をあさりに渋谷の街に一人で出て行った時、スキンヘッドに鉤十字の刺繍入りの革ジャンパーを着た一群に街宣車の中に引きずり込まれ、レイプされたことを。

そして身ごもり、そんなことさえリカは理解することができず、数日前、下腹に鈍い痛みを感じ、駆け込んだトイレの便器が赤く染まったことを。

強姦され妊娠し、流産したての身体だからこそ、リカは赤子に乳をやることができた。

自分の身に起きた異変についてリカは決して語らないだろう。

だからトビオは目の前の光景を奇跡と信じるだろう。

奇跡とは常にそのようなものだ。

希望とは常に救いようのない絶望に支えられている。

 

『摩陀羅 天使篇2 ミカエルの廃都』

 


 

”複雑系”が人差し指と中指で恩田の眼球を抉り出すのと、”複雑系”の上に三筋の閃光が降り注ぐのはほぼ同時だった。

奈江は薄れ行く意識の中で先生が抉り出した眼球をくちゃくちゃとかんでいるのを見て「ああ、また自分は地獄に生まれかわったのだ」と思った。

何故、また、と思ったのかは奈江は知らない。

あの夏の日。

 彼女たちは海辺に横たわり、本当はどこに行こうとしていたのか。

 ぼくたちはどこに行きそこなってしまったのか。

 多分、書かなくてはならないことがあるとすればそのことだ。

 だからこれはとても個人的な小説だ。

 けれどもこの個人的な問題は多分、君たちにも共有されるはずだ。

 何故なら君たちも終わりそこねた時代の中に未だあるからだ。

 

『マダラ・ミレニアム 転生篇』

 


 

公彦は幼女の仕草の中に、将来の姿を垣間見る。

それは他者性だ。

公彦は他者とひとつになれないことを知っている。

彼の身体が繰り返し、彼に教えた。

彼の痛みは彼だけのものだと。

誰も彼の痛みを肩代わりすることはできないと。

他者は憎い。

同化できないものは、敵だ。

そして彼は幼女の首を絞め、庭に、森に、湿地帯に沈める。

 

『多重人格探偵サイコTV MPD-PSYCHO/FAKE』(原作 大塚英志/著 許月珍)

 


 

『さあ……ねむり姫目覚める時間だよ……永遠に少女の絶対零度にとどまる女の子……ロリータ℃……さあ…目を覚ます時だ…さあ…』

「…まだねむいわ…」

『また…ねむれるよ…好きなだけ』

「起きて私は何をするの?」

『歌を歌うんだ』

「歌?」

『そう…世界を終わらせる歌を』

「夢を見ていた…」

「夢?」

「少年と…少女の夢を…」

「何をしてるんだ?」

「…聞いてるの…」

「?何か…聞こえるのか?」

「世界の崩れていく音…それといっしょにたまに聞こえる、天使達が羽撃く音…」

 

『多重人格探偵サイコ』(原作 大塚英志/漫画 田島昭宇)


 

「ばーか!これだから近頃のおたくはダメだっつーんだよ。すーぐ他人の話に左右されて自分が信じられなくなっちまうんだから。おじちゃんの頃のおたくは人がなんといおーとてめーの目で見て耳で聞いたものだけを信じて人生突っ走ったもんよー。それがアニメやまんがだっただけでよ。だからよ、誰がなんといおーとな、事件があった事はおまえが作ったそいつがきっちり証明してんだ…信じろ…自分の目や耳や手で感じたもんを!」

「(ケータイに)おい…やったぞ…雨宮…聞こえっか…」

「通じっこないでしょ、電話の中継基地、ぶっこわしちゃったんだから……」

「(少し考えて思い直したように)ばーか…おまえはなーんもわかってないんだな。俺はなー、あいつの魂に語りかけてるんだよ。電話回線なんか通じなくたって心と心がつながってるんだよ…俺とあいつは…」

「友達ですもんねーたった一人の」

「わかってんじゃねーか」

「なにわかんねーこと言ってるんだ、とにかく売れ!根性で売れ!おたくの魂にかけても売れ!」

「ムチャクチャなんだから」

「わかってんだろー、磨知の死体も変電所の爆破までもなかったことにされちまって…俺たち未だにケーサツ官で…だから、結局これだけが唯一の証拠なんだよ…事件があったことや…それからよー、あいつがいたことの…」

「は…ハイ!」

 

『多重人格探偵サイコ/雨宮一彦の帰還』(原作 大塚英志/監督 三池崇史)






 

 

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