ある兄弟の証し


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生きておられる慰めの神であられる主の御名を賛美します。



私が生まれ育った家庭は、
聖書とは全く関係がなく、それどころか母は、占いや
新興宗教に凝り固まった人でした。
私自身も子どもの時には、
多くの新興宗教や占いに、母と共に通っていました。
母の影響かも知れませんが、私は子どもの時から、
死が恐くてしかたがありませんでした。
死の恐怖から、また、読書が好きだった事もあり、
多くの哲学書や宗教書を読むようになり、
友達とも死について、話し合うようになりました。
多くの友人は、死の話をすると、
「死ぬ事なんて、まだまだ先の話しだから、そんな話はしないでくれ」と、
取り合ってはくれませんでした。
高校のときに、一人だけ私と同じように、
死について真剣に考えている友人もいましたが、
彼は、そのことをほかの友達に知られるのを、極端に恐れていました。
私がそのことについて尋ねると、彼は答えてはくれませんでしたが、
きっと周りの友達から「死について、真剣に考える奴は変わり者だ」と、
思われたくなかったのでしょう。
しかし、私自身は死から目をそらす事は、できませんでした。
多くの人が言うように、
「人間は、いつかは、必ず死ぬ。
しかし、死について考えても答えは出ないし、そんなことを考えても恐い。
わらない。ああーいつかは、死ぬんだ。
こんな思いにとらわれてばかりでは、
俺は前には、進んでいけない。」と、思い込もうとしまが、
死についての恐怖から逃れることは、できませんでした。
何度も死について、考える事を止めようと思いましたが、ダメでした。


高校三年生の時、
大学に進学するのをやめて、
お寺にでも修行に行こうと、真剣に考えた事もありました。
しかし、私は幼い時から、この世界は、
神様が造られたものだと信じていましたので、
お寺でどのような修行をしようとも、神様についても、死についても、
真理についても答えが出ないと、思っていました。
私の高校は、仏教系の高校でしたので、ある時、
僧侶の資格を持っておられる先生に、
「先生、悟りって何ですか、人間は、死んだらどうなるんですか。」
と質問しました。
「無こそが悟りであり、ブッタ(釈迦)も、弟子たちに悟りを求めなさいと言って死にました。
死については人間には解らないものです。あなたがこれから、勉強して、悟りについて、
死についての答えを、みつけてください。」
これが先生の答えでした。
私は、この先生でさえこのようにわからないと言われるのだから、日本にいては、真理を
見つけることができないと思い、仏教の発祥の地である、インドに行こうと考えました。
インドに行き、仏教の元である、ウパニシャッド哲学を知識だけではなく、
体験を通して学ぼうと考えたのです。



そのように考えている時に、
友人から福音を聞いたのです。
最初は、まったく取り合わなかったのですが、その友人が何回も
聖書の話をするので、だんだんと腹が立ってきました。
そして、とうとうその友人に
「今度聖書の話をしたら、お前とは付き合わない。俺はイエス・キリストなんかだい嫌いだ。」
と、言いました。
今から考えると、何と愚かであったのかと、思います。
しかし、主イエス様は私の悩みを知っておられ、私に真理を、
死についての答えを教えようとして下さいました。
それから数日しか、たっていないのに、私の友人はまた、



私に聖書の話をはじめたのです。
「イエス様は君の事を本当に愛しておられるんだ。
人間は死んだら終わりではなく、
死後に神様にさばきを受けることが決まっていると、聖書は言っている。
君は、神様の目から見れば罪人でしかないんだ。
罪人である人間(君)は死後に神様にさばかれ、地獄に行かなくてはならない。
しかし、神様はこのように罪に汚れた人間(君)を愛され、
罪に汚れた君を、地獄から救うために、イエス様が十字架に掛って死なれた。
イエス様が君の罪のために死なれたこと、そして、
死後三日目によみがえられたことを
信じるだけですべての罪は許されて、
永遠の命を持つことができると神様は約束して下さった。
イエス様を救い主と信じて、一緒に天国に行こう。」
と、言って聖書を開きました。


『神は、実に、そのひとり子(イエス様)を
お与えになったほどに、世(わたし)を愛された。
それは御子(イエス様)を信じる者(わたし)が、
ひとりとして滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。』
(ヨハネの福音書 3章16節)


友人は必死に私に語り掛けました。
私は、子どもの時に受けた、心の傷のために、聖書や教会は嫌いでした。
そのため、友人の話を素直に聞くことができなかったのです。


私が幼い時に住んでいた
家のななめ前には教会がありました。
私自身は幼い時の記憶なのではっきりとは、覚えていないのですが、
私が4歳の時、日曜学校に誘われたそうです。
祖母の話によると、そのことを私がものすごく喜び
「教会に行ける。明日は日曜学校だ。」
と、夜も眠れないぐらいに、喜んでいたそうです。
日曜日の朝、私は祖母や母が、
「日曜学校がはじまるまで、まだまだ時間があるのだから、待ちなさい。」との
呼びかけも聞かずに、家の斜め前にあった教会に出かけて行きました。
その日の日曜学校には、私以外に来会する子供たちはなく、
私一人ではじまるのを待っていました。
そして、やっと日曜学校のはじまる時間になった時、一人の先生が出てこられ
「ぼく、今日は、ぼく一人しかいないから、日曜学校はやりません。 家にお帰り。」
と、言われたのです。
私はひどく傷つき、その話を祖母や母にしました。
祖母はそれを聞いてひどく怒り、
「教会の方から誘っておきながら、こんな仕打ちをするのか。
それでも 神の愛を語る教会か。」と、
抗議しに行くと言っていたみたいですが、結局は行かなかったみたいです。
今から考えると、日曜学校の先生に急用ができ、どうしても日曜学校を
することができなかったと、思っています。



それから、月日が流れて、
私が小学校の高学年の時です。
私の家も引っ越しをしていましたので、すっかり幼い時に受けた心の傷など忘れていました。
しかし、その教会の伝道者の方が、私の通っていた小学校で日曜学校の
誘いかけをはじめられたのです。
「明日、日曜学校があるんだけど、みんな来ないかい。」と、
毎週土曜日に小学校の校門の前で、私たちに、声をかけられたのです。
それを見た私は、なぜだか自分でも分からないのですが、
腹が立ってしかたがありませんでした。
幼い時の心の傷がよみがえったのです。
それからの私は、伝道の妨げをはじめました。
周りにいた友達に、 「教会には行くな。あの教会は間違っている。」
と、叫び続けました。
それでも、非常に熱心に伝道されたため、多くの子供たちが日曜学校に通うようになり、
私の周りの友達も多くの者が、日曜学校に通っていました。
そこで私は、ホームルームの時間に
「日曜学校に行ったことのある者、手を上げろ。」と言うと、
クラスの半分以上の者が手を上げたのです。
その時に私が言った言葉は、後悔しても後悔しきれないものです。
「いいか、おまえらよく聞けよ。今度、日曜学校にいったら、承知しないからな。
行った者は俺にいじめられると思え。」 それを聞いたクラスの者は、それからというもの、
私を恐れて誰一人として日曜学校に行かなくなったのです。
私が中学生になった時にも、その伝道者の方は、中学校に伝道に来ておられましたが、
私は前と同じ事をしました。



このような私が、
友人の話を聞くわけがありません。
「その話をするなといっただろう。俺はキリストは嫌いなんだ。
もし、本当に地獄があるのなら地獄でいい。俺は、
嫌いなキリストがいる天国には行きたくはない。
地獄でいいんだ。」と、私が言うと、
友人は大変悲しそうな顔で
「それでも、・・・君がどんなにイエス様を嫌いでも・・・、イエス様は、
それでもイエス様は、君のことを愛しておられるんだ。 素晴らしいとは、思わないか。」
と、言って私に笑いかけました。
この友人の言った言葉と笑顔が、私のかたくなな心を打ち砕きました。
その日のうちに私は主イエス様を救い主と信じていたのです。



私は心から、
かたくなな、私の心を打ち砕いて下さった主イエス様と忍耐を持って
福音を語ってくれた友人に感謝しています。
私が主イエス様を救い主として受け入れてから、二年後に彼は天に召されました。
「なぜ、彼が天に召されなくてはいけないのか。なぜ、死ななくては、ならなかったのか。」
と、悩んだ時期もありましたが、主は私に、私たちには理解できないことであっても、
また、受け入れたくないことであっても、
主のなさることに間違いは無いと教えて下さいました。
彼の死は私たちにとっては大変つらいことでしたが、
彼の死を通して多くの者が主を救い主と信じ、
多くのクリスチャンが励ましを受けました。

今では、母も主イエス様を救い主と信じていますが、私が信じて8年間は、
占いや新興宗教に凝り固まっていた人であったので、
全く話さえも聞いてはくれませんでした。



母が、イエス様を信じてから、

私は知ったのですが、
私の母も今から50年近く前に日曜学校に通っていたそうです。
母も小学校の3年生までは毎週楽しく日曜学校に集っていましたが、
その後、日曜学校には行かなくなってしまったそうです。
何年も母は教会には行かなかったのですが、母が高校生の時、
家庭の事情で、アパートで一人暮らしをはじめることになりました。
そのアパートにクリスチャンの夫婦であったF兄姉が暮らしておられたのです。
F兄姉はそのアパートの一室で開拓伝道をしておられました。
母はそんな事とは、知らずに暮らしていたそうです。
しかし、F姉妹が母を非常に可愛がって下さり、いつも母を
「Kちゃん、Kちゃん」と、呼んで色々なことを助けて下さいました。
このような中で母も、いつのまにか、F兄姉が自宅で開いておられた集会に
参加するようになっていました。
母の話によると、F兄姉には子供がおられなかったので、それで、自分の事を
本当の子供のように可愛がって下さったのではないか、と、思うと言っていました。
また、F兄姉は、戦前からのクリスチャンで、
F兄弟は戦争中に、偶像礼拝を拒否したため、
治安維持法によって昭和16年の9月に特高警察によって検挙されてから、
終戦後の昭和20年10月まで刑務所に投獄されていたそうです。
F姉妹の方も、ご主人が投獄されていたため、世間から、
「非国民と呼ばれ」、 今の時代では考えられないような迫害を受けながらも、
イエス様に従い続けられました。
母はこのような素晴らしいF兄姉と交わりを持っていたのです。
しかし、それから一年後に、F兄姉が伝道のために他の地に引越しをされました。
F兄姉から、母は教会を紹介していただいた、そうなのですが、結局半年ほどで、
また、教会から離れてしまったのです。



母はこの時から全く教会に行くことはなく、
それどころか、
色々な新興宗教や占いに通うようになりました。
母が教会に行かなくなってから、30年以上が過ぎた時、
私がイエス様を救い主と信じ、母に伝道をはじめたのです。
母にしてみれば、教会から離れて30年以上も過ぎてから、
もう一度、それも息子から聖書の話や
イエス様の話を聞くとは、夢にも思っていなかったそうです。
私がどんなに伝道しても、最初の数年間は全く話しを聞こうとはしないで、
逆に 「早くそんなものを信じるのは、やめなさい。やめなさい。やめなさい。」の、
一点ばりでした。
それでも私が、あきらめることなく何度も、何度も福音を語り、
「教会に一度来てほしい、来てほしい」と、
あまりにもしつこく言うものなので、とうとう母は、私にこのような約束を提案したのです。
「お前が結婚して、父親になってもまだ、イエス様を信じていたらその時は、私も教会に行くから。」

しかし、母は私が結婚して長女が与えられてからも、いっこうに約束を守ろうとは、しませんでした。
それどころか、
「早くそんなものを信じるのは、やめなさい。やめなさい。やめなさい。」と、
私に言い続けたのです。
約束の日より、8年以上たったある日、母が集会に行くと言ってくれました。
それも条件つきで
「私は、絶対にイエス様を信じないから、集会が終わったら、
話しを個人的に、聞くことはなく、すぐに帰るから」と、
私に約束を求めました。



集会の当日、

イエス様が母の心に働いて下さり、集会の最中に、
家に帰ったら、聖書を読もうと思ったそうです。
それから幾日もたたないうちに、母はイエス様を救い主と信じました。
実に母が日曜学校に最初に行ってから、50年近くの月日が流れていました。
そして母は、私に言いました。
「 私が50年近くの月日が流れてもイエス様を信じる事が出来たのは、
日曜学校の先生やF兄姉がずーと私のために、祈り続けていただいたから に、
違いないと思うのです。
特に、F姉妹は私の救いのために祈っていた だいていた。と、思います。 ですから、
これらの方たちに、私がイエス様を救い主と信じ受け入れた事を 伝えたいのです。」と。
これを聞いた私は、母と共にF姉妹を探したのですが、
F姉妹はすでに15年以上も前に天に召されていました。
F兄弟も3年前に天に召されていたのです。
しかし、私たちはF兄姉と天国でお会いする事が出来ます。
母は言います。天で再会する時、F姉妹はきっと
「Kちゃん、本当によかったね。私は、天に召されるまで、
Kちゃんの救いのために、お祈りしていたの。
主が、イエス様が私の祈りを聞いて下さったのね。」


奇蹟

この広い宇宙、宇宙の中の小さな銀河系、
銀河系の中の小さな惑星地球、そこに住む私。
神は、なぜ宇宙から見れば小さな小さな私に目を止めて下さったのか。
なぜ神は、私を愛し、人となって地上に来て下さったのか。
イエス・キリストが人となられた事、私にとってこれ以上の奇蹟はない。

この広い宇宙、宇宙の中の小さな銀河系、
銀河系の中の小さな惑星地球、そこに住む私。
神はなぜ、宇宙から見れば小さな小さな私に見を止めて下さったのか。
なぜ、イエスキリストは私を地獄から救うためにいのちを捨てられたのか。
イエス・キリストが十字架で死なれた事、私にとってこれ以上の奇蹟はない。

神はなぜ、宇宙からみれば小さな小さな私に目を止めて下さったのか。
なぜ、私が地獄から救われたのか、
私のように、罪汚れた者が主イエスの愛によって救われた。
私が救われ主イエスの愛を知った事、
私にとってこれ以上の奇蹟はない。



開拓伝道をはじめて
四年が過ぎましたが、私のような愚かな者が、主を迫害していた者が、
今、福音を伝えることが、許されていることを感謝しています。
開拓伝道をはじめてから、色々な迫害や中傷を受けることも多々ありますが、
昔の私も同じ事をして来たのだからと思うと、
「主は私を救って下さったのだからこの人たちも 救って下さるかも知れない。」と、
思いファイトが湧いてきます。


今の私は、

私が迫害していた伝道者の方や今は天にいる友人と同じように、
一人でも多くの人が地獄から救われることを心から願っています。



「また、もしあなたがたがよく考えもしないで信じたのでないなら、
私の宣べ 伝えたこの福音のことばをしっかりと保っていれば、
この福音によって救われるのです。
私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、
私も受けたことであって、次のことです。
キリストは聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、
また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、
また、ケパに現われ、それから十二弟子に現れたことです。」
(コリントT 15章2節−5節)

「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、
あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、
あな たは救われるからです。」
(ローマ 10章9節)

「『主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。』のです。
しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。
聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。
宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。」
(ローマ 10章13−14節)

「それからイエスは彼らにこう言われた。
『全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。』」
(マルコの福音書 16章15節)






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主イエスを信じなさい