慰め


第四章 「慰め」

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慰受病院の閉鎖の後、ユニケは残された雑事に没頭した。病院を閉鎖してからは、特高警察に表立った取り調べを受けることはなかったが、監視の身であることに変わりはなく、イギリス大使館からの退去命令に従って、ユニケは日本を離れることになる。
イギリスに帰国することを望んだユニケであったが、ドイツの潜水艦であるUボートの脅威から、オーストラリアに退去することになっていた。
オーストラリアでは、去年まで日本で一緒に伝道していたハンナが、ユニケの到着を待っていた。


昭和16年3月12日 (1941年)


ユニケは、後ろ髪を引かれる思いで、日本を後にした。出発の日、ユニケは雪と一緒に慰受病院にいた。
誰もいなくなった、空の病院。

「ゆきちゃん。71歳の私が再び日本の土地を踏むことは、まず出来ないでしょうね。でも、私は世界のどこにいても・・・
私の心はいつも患者さんたちと、ともにあります。ゆきちゃん、私の代わりに、患者さんたちをお願いするわね。」

ユニケのすすり泣く声が、空になった慰受病院にこだましていた。


昭和16年秋 (1941年)


郵便です。日本を離れ、オーストラリアで暮らしていたユニケに手紙が届く。差出人の名前を見たユニケの顔は喜びで満たされた。雪からの手紙であった。
日本を離れた後、ユニケはパースから10マイルほど離れているギルフォードという小さな街でハンナと、ともに暮らしていた。沈みがちであったユニケにとって、久しぶりの嬉しい出来事であった。雪の手紙は検閲のために開封されていたが、そのままの状態でユニケの手に届いていた。


― 手紙 ―


生きておられる主の御名を賛美いたします。
どのような状況にあっても、いつも私たちを守って下さるイエス様に感謝します。

親愛なる。ミス・ユニケ。
お元気にしておられますか。
先日、ミス・ユニケからのお手紙を受け取りました。
ミス・ユニケが無事にオーストラリアに到着されたことを知り、主に感謝いたしました。イエス様がミス・ユニケをお守り下さった。とてもうれしく思っています。
慰受病院におられた患者さんたちは、みなさんお元気にしておられます。最初は、北九州療養所に戸惑われている患者さんもおられましたが、今では、すっかりここの環境に適応しておられます。
ミス・ユニケにとって、もう一つ、嬉しいお知らせがあります。それは、めぐみちゃんのことです。
めぐみちゃんは、今では私を助けてくれる存在で、重病患者さんたちのお世話や看護をしています。慰受病院に入院したころのめぐみちゃんとは、別人のように明るく、療養所にはいつも、めぐみちゃんの笑い声が聞こえています。
また、私たちは聖書を毎日のように学んでいます。嬉しいことに、今の私は、めぐみちゃんの聖書に対する質問に追われる毎日です。
このように、私もめぐみちゃんも患者さんたちも元気で、助け合いながら過ごしていますので、ご安心下さい。

ミス・ユニケの健康のためにお祈りしています。
再び、お会いできる日を夢見て、主イエス様にお祈りしています。

長野雪

追伸、めぐみちゃんの手紙を同封します。


― 藤島恵の手紙


慰めの神であられる主の御名を賛美いたします。

お元気ですか。
ミス・ユニケが元気にしているのを知って、うれしいです。私には手紙を書くことができないので、ゆきちゃんが代筆しています。
人に手紙を出すのは、はじめてなのでちょっと照れくさく思っています。
私は、毎日元気に暮らしています。
イエス様のために何かしたいと思っていたら、神様が、私にもできる仕事を下さいました。今、私のしている仕事は、重病患者さんのお世話です。お世話といっても、目の見えない私に出来ることは限られているのですが。重病患者さんのお話しを聞いてあげることです。私はいろいろな身の上話しを聞きました。私だけでなく多くの患者さんが苦しんで来られたことを知り、自殺しようとした自分を恥ずかしく思っています。

ゆきちゃんと一緒に聖書を読んでいて、


『 私たちの主イエス・キリストの父なる神、慈愛の父、すべての慰めの神がほめたたえられますように。
神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。
それは、私たちにキリストの苦難があふれているように、慰めもまたキリストによってあふれているからです。』
(聖書)


との、みことばがありました。
このみことばを実践できる者になりたいと思っています。
私がイエス様から受けた慰めを一人でも多くの苦しむ人たちと分かちあいたいですから。

最後に、ミス・ユニケに私が作った詩を贈ります。
私は幼い時より、母とともに奇蹟を待ち望んでいました。

目の見えない私が見えるように。不治の病であるらい病が治りますように。

奇蹟を待ち望みました。
しかし、一向に奇蹟は私の身に訪れません。

絶望して死を選んだ私を神様は救って下さいました。
私は本当の奇蹟を知りました。
癩病にかかった私は人から忌み嫌われ国から人としての尊厳を奪われ、生きる屍のような存在でした。
私のような苦しみを味わっている者は、他にはいないと、思っていました。
このような私を救うためにイエス様が人となられたことを知りました。


『キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。』(聖書)


罪汚れた私を救うために人となられたイエス様。


私にはまかりなりにも住む所があり、枕する所があります。なのに、この宇宙を造られ支配しておられるイエス様には、住む所もなく、枕する所もなく、自分の造られた世界を渡り歩く、さすらい人として歩んでおられました。


『イエスは彼に言われた。「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、
人の子には枕する所もありません。」』(聖書)



狐や空の鳥よりも低くなられたイエス様。


私は今まで、私以上に人からののしられ、忌み嫌われた者はいないと、思っていましたが、神であるイエス様が罪なきお方が完全な愛なるお方が、私以上に、人にののしられ罵声を浴びせられけなされた事を知りました。


『道を行く人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。「神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。もし、神の子なら、自分を救ってみろ。十字架から降りて来い。」同じように、祭司長たちも律法学者、長老たちといっしょになって、イエスをあざけって言った。「彼は他人を救ったが、自分は救えない。イスラエルの王さまなら、今、十字架から降りてもらおうか。そうしたら、われわれは信じるから。彼は神により頼んでいる。もし神のお気に入りなら、いま救っていただくがいい。「わたしは神の子だ。」と言っているのだから。」イエスといっしょに十字架につけられた強盗どもも、同じようにイエスをののしった。』(聖書)


罪なきお方が、罪人として十字架の苦しみを堪え忍び、私を地獄から救うために命を捨てられたイエス様。


私が本当に求めていたものは、ここにありました。

らいが治ることよりもさらにすばらしいものをしりました。

真実の愛を。・・・変わることのない慰めを。

このような私の思いを詩にいたしました。

毎日、ミス・ユニケのためにお祈りしています。
お元気でいて下さい。
ミス・ユニケに早く会いたいです。

藤島恵


人は愛を慰めを求める。

苦しい時、悲しい時、憂いの時、絶望の時、窮地の時に・・・

しかし、真実の愛を、慰めを人から受けることはできない。

本当の愛は神の御手にある。

人は気付いているのだろうか。

真実の愛が、どのような苦しみの中にあっても受けることのできる慰めがすぐ側にあることを。

この宇宙を造られた神が人を愛されたことを。
神が人となられ、人間の罪のために十字架で命を捨てられた。
この世界にこれ以上の慰めはない。


慰め


この広い宇宙、宇宙の中の小さな銀河系、
銀河系の中の小さな惑星地球、
そこに住む私。
神は、なぜ宇宙から見れば小さな小さな私に
目を止めて下さったのか。
なぜ神は、私を愛し、人となって地上に来て
下さったのか。
イエス・キリストが人となられた事、
私にとってこれ以上の慰めはない。


この広い宇宙、宇宙の中の小さな銀河系、
銀河系の中の小さな惑星地球、
そこに住む私。
神はなぜ、宇宙から見れば小さな小さな私に目を
止めて下さったのか。
なぜ、イエス・キリストは私を地獄から救うために
いのちを捨てられたのか。
イエス・キリストが十字架で死なれた事、
私にとってこれ以上の慰めはない。


神はなぜ宇宙からみれば小さな小さな私に目を
止めて下さったのか。
なぜ、私が地獄から救われたのか、
私のように、罪汚れた者が主イエスの
愛によって救われた。
私が救われ主イエスの愛を知った事、
私にとってこれ以上の慰めはない。


恵から贈られた「慰め」の詩を読んだユニケは、涙を流しながらオルガンの前に座ると「慰め」に、メロディをつけた。
「慰め」のメロディを楽譜にし、ユニケは恵に送った。・・・
藤島恵に送られた手紙を最後に、ユニケからの手紙は途絶える。
第二次世界大戦に突入した日本に、ユニケからの手紙が再び届くのは、戦後になってからである。


昭和16年11月 (1941年)



「めぐみちゃん、めぐみちゃん、ミス・ユニケから手紙が来た。来た。来た。きたわ。」張りのある声が、恵の耳に響いていた。

ミス・ユニケからの手紙。

あああ・・・。

私たちの手紙が無事にミス・ユニケに届いたんだ。
検閲にもパスしたんだ。
神様感謝します。
イエス様、本当に感謝します。

ミス・ユニケからの手紙には、ギルフォードで元気に暮らしていることと、雪と恵の手紙によって励まされたことが書かれてあった。そして、最後に恵の詩にメロディをつけたので楽譜を送ります。と書かれていた。

「めぐみちゃん、楽譜が同封してあるわ。奇蹟の楽譜よ。歌ってみるね。」

雪の鼻歌が病室に流れていた・・・。

きれいなメロディ。
なんてきれいなメロディなの。
ミス・ユニケありがとう。
私の詩にメロディをつけて下さって。
だいたいの、メロディを把握した雪は、今度は「慰め」の詩に、あわせて歌い出した。

このひろいうちゅう・・・
うちゅうのなかの・・・

繰り返し、繰り返し、雪が歌っていたため、恵も「慰め」のメロディを覚えることができた。

雪と恵の喜びの声が、「慰め」のメロディとなって療養所に、こだましていた。

ユニケと別れ、北九州療養所に入所した恵は、雪の勧めで、日記をつける。
雪と恵は毎晩二人で聖書の学びをした後に祈っていたが、この日課に恵の日記が付け加わった。恵が話す言葉を雪が書き取っていく。このようにして、恵の生い立ちが記録されていった。
また、恵はどうしても浩介に自分が生きていることを知らせたかったが、浩介の居場所がわからなかった。雪の話によると、恵が海に身を投げたことを知った浩介は、短生園からの転移願いを希望し、他の療養所に転移したらしい。しかし、藤島浩介がどこの療養所に転移したか、その記録が紛失していたため、恵は浩介の居所を知ることができなかった。


国は戦争中であったが、恵は幸せであった。


療養所には、医薬品が不足していた。薬も包帯もなかった。
包帯とガーゼが欠乏していたため、恵の皮膚からは膿が表面ににじみ出て、はえの格好の卵の産み付け場となっていた。そのため、雪がガーゼの交換をするとうじ虫がぼろぼろと転げ落ちた。

「めぐみちゃん、ごめんなさい。包帯とガーゼがないために、こんなありさまになって。ごめんさい。」

「ゆきちゃん、あやまらないで。私を救うために苦しまれた、イエス様の苦しみに比べれば、こんなの何でもないわ。」

このような状況に加えて、療養所は慢性的な食糧難に陥っていた。それでも恵は幸せであった。



なぜなら恵には、イエス様の愛があり・恵みがあり・慰めがあった。



『たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。』(聖書)


このような恵であったが、昭和19年夏。(1944年)かぜをこじらせて寝込んでしまった。戦争中である。日本全国が食糧難で飢えていた。療養所の食糧事情は最悪であった。
栄養失調のために倒れる者が相次ぎ、命を落とす者も多くいた。多くいたが、外出を禁止されていた患者たちに闇米を買うことは、許されない。
もともと体の弱かった恵の体力は、かぜと栄養失調のために瞬く間に、奪われていった。
雪は、恵のためになんとかしたかった。なんとか闇米を手に入れようとしたが、恵がそれを許さなかった。

「わたしは、いいの。もし、ゆきちゃんが私のために闇米を手に入れたら、雪ちゃんは罪を犯すことになるわ。だって、栄養失調で死んだ患者さんが多くいるでしょう。

わたしだけを特別扱いしては、だめ。・・・

神様はすべてご存知だわ。もし、わたしに栄養が必要なら、ゆきちゃんが闇米を手に入れなくてもイエス様は、わたしに必要な食料を与えて下さるわ。」

「めぐみちゃん、でもわたし・・・ めぐみちゃんが弱っていくのを黙ってみてられない。」

う・う・う・うわあんん・・・
雪の泣き声が、恵の枕元から聞こえてきた。

「ゆきちゃん。私、もうすぐ天国へ行くわ。」

「何を言っているの。めぐみちゃん。元気をだして。」

「ゆきちゃんに、聞いてほしいことがあるの。私、昨日夢を見たの。その夢に、私の娘が登場して・・・

私が一度も抱くことさえできなかったわたしの赤ちゃん。
生まれてすぐに殺された私の赤ちゃんが、その夢では元気に暮らしていて、とっても幸せそうだった。もしかしたら、イエス様が私を元気づけるために、そんな夢を見せて下さったのかも知れないわね。私は、ゆきちゃんの家で看病されている時、疑問に思っていたことがたくさんあって。

なぜ、何の罪もない両親が死ななくては、ならなかったのか。
なぜ、私の赤ちゃんが殺されなくては、ならなかったのか。
なぜ、私は病気にならなくては、ならなかったのか。
等、多くの神様に対する疑問があったわ。


『なぜ、私は、胎から出たとき、死ななかったのか。なぜ、私は、生まれ出たとき、息絶えなかったのか。』(聖書)


その頃の私は、ヨブと同じように自分の生まれた日を呪っていた。そんな私に、神様は答えを下さった。



『わたしの恵みは、あなたに十分である。』(聖書)


このみことばを本当の意味で受け取る事ができた時、私の疑問はすべて解決していたの。


『主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。』(聖書)


イエス様は私の疑問にすべて答えて下さり、主に聞き従う素晴らしさを教えて下さった。

雪ちゃん。
雪ちゃんにお願いしたいことがあるの。
もし、私がミス・ユニケに再会する前に死ぬようなことがあったら、私に代わってこの日記をミス・ユニケにお渡しして。
お願いね。

ゆきちゃんと巡り会えたことを神様に感謝しているわ。
私の人生は苦しみばかりだと、思って生きてきたけど、ゆきちゃんのおとうさんに助けていただいてからは、幸せだった。わたし幸せだった。
だって、ゆきちゃんのおとうさんに助けていただかなかったら、わたし、イエス様を信じることができなかった。イエス様の愛を知ることができなかった。
それに、ゆきちゃん、ゆきちゃんのお父さんやお母さん、ミス・ユニケ。私を本当に愛して下さる多くの人に会えたもの。

神様の導きに感謝している・・わ・・」

最後の声はほとんど聞き取ることができなかった。
それから二日後の朝。
雪は、恵の手を握り締めながら、繰り返し、繰り返し、「慰め」の歌を賛美していた。
雪には、恵が息を引き取る寸前、

「ありがとう、先に天国へ行っているね。」と、恵が言ったように聞こえた。

「めぐみちゃん。・・めぐみちゃん。」

雪の声は、恵には届かなかった。


昭和19年10月17日 (1944年)


北九州療養所の一室で、藤島恵は、静かに天に召された。






第五章 「母」へ


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