慰め


第三章 「高価で尊い」

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藤島恵の日記の内容に愕然としながらも、信士は癩病について調べてみようと思った。
信士自身、日本が嫌いで渡米していた。

ルツに図書館の場所を尋ねて、家を出た。

パースの図書館は、シティ駅のすぐ側にあり、図書館の向かいには博物館。斜め向かいには美術館があった。図書館に入ると信士は、すぐにインターネットで、癩病について調べはじめた。
信士は、癩病がハンセン病と、呼ばれていることさえ、知らなかった。
自分の無恥さにあきれながらも、画面に映し出されるハンセン病についての説明から、目を離すことが出来なかった。

ハンセン病は、らい菌によっておこる慢性の感染症である。昔は癩、または癩病、あるいはラテン語からレプラとも呼ばれた。日本ではらい予防法もあり、「らい」と言われて差別を受け苦しんだ患者も多くいた。そのため「らい」の呼び名に関しては、あまりにも偏見が強いため、ハンセン病が公用語になっている。が、現在でも日本らい学会では、「らい」を学術用語として残している。
らい菌は、1873年にノルウェーのA・G・H・ハンセンによって発見された抗酸菌の一種で、酸やアルカリに対して抵抗力が強く、結核菌によく似ているが、たくさんあつまって塊になるのがらい菌の特徴で結核菌と、ことなる点である。
不治の病と思われてきたハンセン病であったが、1941年アメリカのファジェットはスルファミン剤の誘導体である「プロミン」がこの病気に有効であることを発見した。
「プロミン」の登場によって、ハンセン病は完治する時代を迎える。
1981年世界保険機関・WHOは、「リファピシン」を中心とする「複合療法」を提唱した。それによると、ハンセン病は二年間の治療で完治することが明らかになり、現在この治療法が全世界で広く実践されている。らい菌は、非常に感染力が弱い菌であるため、80年以上の歴史を持つ日本のハンセン療養所の職員の中に、ハンセン病に感染した者は一人もいなかった。大人は免疫をもっているからである。
現在、日本における年間の新発患者はゼロに近い数字で、自宅療法で簡単に完治する。

信士は、画面に映し出される内容が信じられなかった。


なぜ、恵たちはあのような境遇に追い込まれたのだろうか?


さらに信士は、ハンセン病を調べることにした。

国は「不治の病」であると、信じられていたハンセン病の対策として、絶対隔離の立場を取った。
明治40年。(1907年)らい予防法を制定し、ハンセン病患者を強制隔離した。
ハンセン病にかかった者は、末端神経の知覚麻痺のため、熱さや痛みを感じなくなり、手足に傷をおっても痛みを自覚できなかった。そのため、傷を悪化させ、手足や、顔に、変形を起こす者が多かった。
国は、ハンセン病を恐怖の伝染病と位置づけ、患者の隔離を「祖国浄化・民族浄化」の旗印のもとに推し進めていく。
国の強制隔離政策・無癩県運動が、さらなる人々の恐怖心をあおり、患者の人権を奪い、差別と偏見を助長させた。


その結果、ハンセン病に対する差別と偏見だけが一人歩きする。

1941年に発見された「プロミン」により、ハンセン病は完治する病となった。そのため、1955年ローマで開催された国際らい学会では患者の隔離を禁じている。なぜなら、「プロミン薬」の登場によって隔離の必要性がなくなったからである。このような事実があるにも関わらず、日本ではハンセン病患者の隔離を強制していた。

らい予防法が廃止されたのは、1996年4月。

国際らい学会が、患者の隔離を禁じてから41年の月日を経て、
はじめて日本では、らい予防法が廃止される。


もう少し、早くに日本が、らい予防法を廃止していれば、少しは差別と偏見がなくなり、悲劇を避ける事が出来たのではと、信士は思った。
藤島恵が過ごした時代の人々は、ハンセン病に対しての「恐怖心」だけが、支配していた事だろう。
国が制定した、らい予防法が更に民衆の「恐怖心」を煽っていたとしても、何人かの人には、恵たちに対するやさしさを持って欲しかった。
いや、そうあって欲しかった。
信士は無意識の内に、恵に自分の姿を重ねていた。
恵の味わった苦しみに比べれば、自分の受けた苦しみは取るに足らないものだと、わかっていたが。恵の求めていたものは、自分の求めていたものと。そう思うようになっていた。
信士自身も、本当は無意識の内に人のやさしさを求めていた。
求めていた人のやさしさを得ることができなかった信士は、その反動から人を信じることなく生きてきた。

信士が人に認めてもらえる唯一の方法は成功し、資産家に成ること。
お金持ちになればなるほど周囲の人間は信士にやさしさ、思いやりを示しす。
それらが、本物でないことを気付いてはいたが、それでも人のやさしさに、思いやりに飢えていた信士を求め続けた。見せ掛けであっても人が信士に気を使い、意に従う事を想像することは喜びであった。


なぜなら、信士は、お金や権力に左右されることのない、真のやさしさや、愛情を得ていないから。


ルツの家に帰宅した信士は、ルツの呼びかけにも曖昧な返事しかしないで、藤島恵の日記を急いで開いた。


― 恵は、生きていた。 ―



藤島恵は、短島の側で漁をしていた長野権三によって命を救われる。

権三が網を引き上げてみると、人間が見えるではないか。港に船をつけた権三は恵を背負いながら自宅を目指して必死に走った。


「ゆき、ゆき、雪、来てくれ。ゆき。」


権三の呼びかけに、何事かと飛び出してきた雪は、権三の背にぐったりとした若い女性が背負われているのを見た。看護婦である雪は権三と共に応急処置をほどこした。雪たちの懸命の看護の結果、恵は一命を取り留める。

三日間意識不明であった恵は、誰かの手で足をさすられている感覚によって意識を取り戻す。

「う・う・うううん。」

「おとうさん、おかあさん、意識が戻ったみたいよ。」

雪の声が家中に響いた。

「えー。そりゃあ良かった。本当に良かった。こりゃあ、奇蹟だな。主に感謝しなくては。」

権三の声に恵の意識ははっきりとしてきた。

なぜ、死んでいないの。なぜ、生き残ってしまったの。

死によってすべてを終えようと思っていたのに。
左の耳に何かが詰まっているような感じがするが、権三の奇蹟と言った言葉は、はっきりと恵の耳に届いていた。

「どこか、痛い所はない。」

その声によってはじめて恵は、自分の足をさすっていたのが、若い女性なのを知った。
雪の問いかけにも、言葉を失った恵に返事はない。

「いいわ、意識を取り戻したのだから、もう大丈夫。ゆっくり休んでね。」

その言葉に導かれるように、恵は再び夢の中に落ちていった。
自分がどのように助かったかを、雪から聞かされたのは、それから二日後であった。

雪は、しきりに

「奇蹟よ。神様が助けて下さったのよ。」と、何度も恵にその言葉を繰り返した。

奇蹟・神様によって自分は助かったなんて。何と皮肉なことだろう。
母は、奇蹟を信じていつも氏神様にお参りしていた。でも、起こりはしなかったのに。
母がどんなに熱心にお参りしようとも恵の目は、盲目のまま。また、癩病が治ることもなかった。
恵自身も母の影響もあり、癩病にかかってからも氏神様にお祈りしていた。それなのに、こんな形で奇蹟が自分に訪れるとは。

認めたくない。絶対に認めたくない。
何があっても認めない。神なんて、存在しない。
奇蹟なんて、起こるはずがないんだ。その事は私が一番良く知っているはず。
たまたま助かった。それだけのことだわ。


そんな恵の思いをもちろん雪は、知るはずもなく。雪は、毎日、恵のために神様に祈っていた。雪のお祈りの言葉から、雪の信じている神様が「キリスト」であることを恵は、はじめて知った。

「イエス様、感謝します。あなた様のお力で一人の女性が命を取り留めました。イエス様の恵みに感謝します。どうか、この女性を助けて下さい。この女性を救って下さい。」

雪のお祈りはそれからも延々と続いた。
毎日、毎日、このようなお祈りを聞くことは恵にとって、苦痛であった。何度、お祈りの途中に手足をばたつかせて、雪の祈りをやめさせようと思ったか知れない。しかし、雪の祈りが、中断されることはなかった。雪の祈りを聞きたくなかった恵は、お祈りがはじまるといつも他のことを考えるようにした。少なくとも他のことを考えている間は、雪のお祈りが恵の耳に届くことはなかった。

恵には、雪や雪の家族に関して、不思議に思うことがあった。
癩であることを知っているはずなのに、雪も雪の両親も恵にやさしかった。

なぜ、癩である自分に雪たちは、これほど親切にしてくれるのかしら。


恵は、雪たちの信じている神が、愛なる存在であると頭では理解していた。
その神の愛ゆえに、自分に親切にしてくれる。なんとなくそう思っていたが、恵自身は、神が愛とは、とても思えなかった。

神が愛であるのなら、

なぜ、私が癩にならなくてはならないのかしら。
なぜ、何の罪もない両親が死ななくてはならなかったの。
なぜ、私の赤ちゃんが殺されなくてはならなかったのか。

これらの疑問を雪に問い掛けてみたかったが、恵は、言葉を失ったままだった。

恵の体が完全に回復したころ、雪が

「ひとみちゃん(雪が言葉を失った恵に付けた名前)、ひとみちゃんにお話があるの。ひとみちゃんは、病気でしょう。
私は熊本にある慰受病院の看護婦なの。慰受病院は、ひとみちゃんのような病気の人のための病院なのよ。
もし、ひとみちゃんさえ良かったら、私と一緒に慰受病院に行かない。慰受病院でひとみちゃんの病気を治せばいいわ。」

生きる気力を無くしていた恵であったが、雪の問いかけに静かにうなずいた。


昭和12年2月(1937年)恵は、慰受病院に入院した。



慰受病院は宣教師であったミス・ロイスが開設し、昭和7年にミス・ロイスが亡くなってからは、姪のミス・ユニケが、叔母の後を継ぎ運営していた。慰受病院は、短生園とは全く異なっていた。何よりも恵が驚いたのは、癩患者が隔離されることなく自由に行動していたことである。

大正5年(1916年)国は、療養所の所長に癩患者に対する司法権・検束権を与えたために、短生園は療養所とは、名ばかりの隔離収容所になっていた。
癩患者が短生園から無断で一歩でも外にでると、脱走犯として逮捕され刑罰を受けた。
どのような理由があろうとも患者には、弁解の余地はなく、裁判を受けることもできず、所長の権限で刑罰が決められていた。

そのため、短生園には、監房が設けられていた。

短生園での入所生活に慣れ親しんでいた恵にとって、慰受病院での生活は驚きと、新たな発見の連続であった。
短生園では、癩患者の包帯は、患者同士が交換していた程に、医師・看護婦・職員達までもが、癩病に感染するのを恐れて、患者に近付くことを避けていた。それに比べて、慰受病院では、癩病を全く恐れることなく、平気な様子で医師、看護婦、職員が癩患者に接していた。

慰受病院の責任者であったユニケの日課は、恵の安否をやさしく尋ねた後、聖書を朗読することで、入院した当初は、とまどっていた恵であったが、いつしかユニケの訪問を楽しみにするようになっていた。
ユニケは、いつも愛犬ヨハネを連れていた。
ユニケの巡廻コースは決まっていて、ヨハネが先に病室に現れ、ユニケの到着を恵に告げた。
ヨハネに続いて、ハイヒールの音が廊下に響くとミス・ユニケの到着である。最初、恵はこのハイヒールの音を聞くのがいやでたまらなかった。

なぜなら、ハイヒールの音はミス・ユニケの訪問を告げ、ミス・ユニケの訪問は聖書の朗読、神へのお祈りを意味していたからである。

恵は神と呼ばれるものすべてを憎んでいた。
雪や雪の両親、そしてミス・ユニケには感謝していたが、どうしても恵には素直に神を受け入れることはできなかった。

神は恵を苦しめても、助けてはくれない。との思いが、今だに恵の心を占めていた。
恵が望んだ奇蹟は起こらなかったのに、死を望んだ恵の思いに反して奇蹟は起こった。
自分自身の運命を思い浮かべる時、神に対しての憎しみだけが恵の思いを支配した。

神は、恵からすべてのものを奪う存在であった。
両親、赤ちゃん、健康、そして・・・夫。

慰受病院に入院して三年が経った頃、恵の思いを打ち破る時が来た。

その日もいつものようにヨハネに続いてハイヒールの音が、廊下に響き渡った。

コツ・コツ・コツ・コツ


いつものこと、今日もミス・ユニケの登場ね。
いやなお祈り、いやな聖書の話を聞かなくは。
ミス・ユニケとお話しするのは好きだけど、神様のお話は恵にとって苦しいだけなのに。
もし、神様がいるとするなら、神様は、なぜ私を死なせてくれなかったのですか。
私は、死にたい。
私は楽になりたい。
苦しみから、解放されたいのに。

「こんにちは。ひとみちゃん、お体の調子はどう。今日は、マルコの福音書を読むわね。」


『さて、ひとりのらい病人が、イエスのみもとにお願いに来て、ひざまずいて言った。「お心一つで、私はきよくしていただけます。」イエスは深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわって言われた。「わたしの心だ。きよくなれ。」すると、すぐに、そのらい病が消えて、その人はきよくなった。』(聖書)


「ひとみちゃん、私は聖書の中でも、この個所が好きなの。
イエス様は、ひとりのらい病人を治される時、そのらい病人を深くあわれみ、手を伸ばして彼にさわられて治されたのよ。
聖書は、この世界、宇宙はイエス様のことばで造られたと教えているわ。
イエス様はらい病人をおことばだけで治すことができたのに、なぜ、らい病人に触れられたと思う。イエス様は、らい病人の苦しみを知っておられたから、あえて、らい病人に触れられて治された。このらい病人にとって、らい病が治ったことも嬉しかったかもしれないけど、イエス様に触れられたこともそれと同じぐらいに嬉しかったと思わない。」

「ひとみちゃん、イエス様はひとみちゃんを愛しておられるのよ。
ひとみちゃんがどんなにイエス様を憎んでも、それでもイエス様はひとみちゃんを愛しておられるのよ。
イエス様は聖書を通してひとみちゃんに語り掛けておられるの。」

『わたし(イエス様)の目には、あなた(ひとみちゃん)は高価で尊い。わたしはあなたを愛している。』(聖書)


ひとみちゃん、イエス様の目にはひとみちゃんは高価で尊いのよ。

「え、癩である私が高価で尊い。」


恵には、理解できなかった。
神の目には、癩である私が高価で尊い、どういうことなのかしら。
生まれて以来、恵は自分が高価で尊いなんて、思ったこともなかった。
逆に盲目であるが為に、幼い頃よりいつも引け目を感じて生きてきた。

癩になってからは、自分の存在はまわりの人を不幸にして、苦しめるだけ、それが自分だと思っていた。
実際に、恵のせいで両親は台風の犠牲となり、子どもは殺された。
自分がもっと早くに自殺していれば、両親も赤ちゃんも、殺されることはなかった。

自分は愛する人を不幸にするために生きてきた。
このような恵を、神は高価で尊いと言う。
私はあなたを愛していると言う。
高価で尊い、愛している。

誰にも愛される資格はない。自分の存在は人を不幸にするだけ、そう思っていたのに、神は私を愛している。本当かしら。

「ひとみちゃん、イエス様は、心からひとみちゃんを愛されているのよ。その証拠にイエス様は、ひとみちゃんを地獄から救うために十字架で命を捨てられたの。命を捨てられたほどに、イエス様は、ひとみちゃんを愛しているのよ。」

そう言って、ミス・ユニケはいつものように祈っていた。
ミス・ユニケが病室を去ってからも


『高価で尊い。わたしはあなたを愛している。』


その言葉で頭の中が一杯になった。
ミス・ユニケの話によると、イエス・キリストはこの世界、宇宙を造られ、私たち人間さえも造られた神であるという。そのように計り知れない大きな存在である神が、私を愛している。私を高価で尊いと見て下さっている。

嬉しかった。

癩である私を高価で尊いといって下さる神の愛が、嬉しかった。
恵のために命を捨てた神の愛が、恵の心を満たしていた。
どのように祈ればよいかわからなかったが、祈りたかった。
雪が、お祈りは神様とお話すること。そう言っていたのを思い出した。

恵は、祈った。

「イエス様、癩の私を愛して下さり、ありがとう。
私は、すべてに絶望して死を選ぼうと思いました。
そんな私を救って下さり、ありがとう。そんな私を愛して下さり、ありがとう。ありがとうございます。」


次の日からはミス・ユニケのお祈り、聖書の朗読に真剣に耳を傾けるようになっていた。ミス・ユニケも恵の変化に気付き、喜びを隠しきれなかった。今までは、いやいやながら、仕方がないから話を聞いていた恵が、真剣に聖書のことばに耳を傾けている。一語も聞き逃すことがないように必死に耳を傾けている。

ミス・ユニケは感謝した。
主イエス様に感謝します。ひとみちゃんに聞くべき耳を与えて下さったことを感謝します。

「ひとみちゃん、何度もお話ししていることだけど、もう一度言うわね。」

ミス・ユニケの言葉は、恵に幼き日の記憶を呼び覚ました。


― あれは、私が五歳の時 ―


「めぐみちゃん、今日は天気がいいから一緒に、氏神様にお参りに行きましょう。」

母に連れられ神社を目指して歩いていると、母の足が止まった。恵の耳に、必死に語り掛ける男性の声が聞こえてきた。

聖書はあなたに語っています。


『あなたの若い日に、あなたの創造者(神)を覚えよ。』(聖書)



なぜ、創造者(神)を覚えなくてはいけないのでしょうか。それは、あなたが必ず死ぬからです。人間は死にます。季節が移り変わるごとに、私たちは年を取って行きます。そして、誰も逃れる事が出来ない死があなたにやってきます。



『人間には一度死ぬことと、死後にさばきを受けることが定まっている。』(聖書)


人間は死後にこの世界を造られた神(創造主)にさばかれると、聖書はあなたに語りかけているのです。このように言われるとあなたは
「なぜ死後の世界の事がわかるのか。」と言って反発されるかも知れません。
確かに人間には誰にも死んでから先の事はわかりません。

ならば、なぜ、私があなたに、「死後に神(創造主)にさばかれる」と言い切ることができるのでしょうか。
それは聖書が語っているからです。
聖書はこの世界を創造された真の神のことばだからです。聖書の語っていることに間違いは一つもありません。あなたは死後に必ずさばかれます。真の神から見れば人間は罪人でしかありません。


『義人はいない。ひとりもいない』(聖書)


あなたを造られた真の神から見れば私たち人間は罪人でしかないのです。人間は罪人です。人を愛することより、憎むことを望むのが人間です。
しかし、真の神は私たち人間の心の中の罪までもさばかれるのです。心の中であなたは「人を殺したい」と思ったことはありませんか。
もし、思ったことがあるならばそれだけで真の神からみれば、人殺しです。
真の神は心の中の罪も明らかにし、さばかれるのです。ならば、死後にあなたはさばかれ、どうなるのでしょうか。
聖書ははっきりと、死後、あなたは真の神にさばかれ、地獄に行くと言っています。



『すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず。』(聖書)


あなたは罪を犯しているので天国に行くことはできません。火と硫黄との燃える池(地獄)で永遠に苦しむのです。火と硫黄との燃える地獄で
昼も夜も永遠に苦しみを受けることになると、聖書ははっきりとあなたに語っています。
しかし、真の神は愛なるお方です。
罪人であるあなたを地獄から救おうとされました。真の神であるイエス・キリストがあなたを地獄から救うために、人となってこの地上に来られました。



『キリスト・イエスは罪人(あなた)を救うためにこの世に来られた。』(聖書)


イエス・キリストは真の神であられたのに、あなたを地獄から救うために、人となってこの地上に来て下さったのです。
そしてあなたの罪の身代わりに十字架に掛かって死なれました。イエス・キリストの十字架の死はあなたの罪をゆるすためであり、あなたを地獄から救うためであったのです。


あなたが「イエス・キリストが自分の罪のために十字架で死なれた」と、


信じるならば、あなたの罪はすべてゆるされ、永遠のいのちを持つことができるのです。
イエス・キリストはこの救いが確かであることをあなたに示すために、死後、三日目によみがえられました。イエス・キリストの十字架の死が、
自分のどうすることもできない罪をゆるすためであったと、また、三日目のよみがえりが真実であったと信じるだけで、すべての罪がゆるされて、地獄から救われるのです。行いや努力はいりません。ただ、信じるだけで、イエス・キリストはあなたを地獄から救って下さいます。


『私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、また、ケパに現れ、それから十二弟子に現れたことです。』(聖書)


イエス・キリストは十字架でいのちを捨てられたほどにあなたを愛しておられます。
たとえあなたが人殺しであったとしても、言葉では言い表せないぐらいの罪を犯していたとしても、それでもイエス・キリストは、あなたのことを愛しておられるのです。

「なぜ、こんなにも汚い罪人である私を愛して下さっているのか」と疑問に思われるかもしれません。

聖書はそんなあなたに


『なぜなら神は愛だからです。』(聖書)

と、語りかけています。
イエス・キリストの両手にはあなたを愛するしるしである、釘の後があり、わき腹には槍の後があります。
イエス・キリストは、永遠の愛で・不変の愛で・完全な愛で、あなたのことを愛しておられます。

それゆえ聖書は語っています。


『神は、実に、そのひとり子(イエス・キリスト)をお与えになったほどに、世(あなた)を愛された。
それは御子(イエス・キリスト)を信じる者(あなた)が、ひとりとして滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。』(聖書)


イエス・キリストを信じて下さい。

イエス・キリストを信じて下さい・・・

男性の声が途切れた。
その後、恵の耳に聞こえてきたのは、多くの人たちの怒号。

「キリストの話なんかするな。お前は日本人でありながら、なぜ、外国の神を信じる。この売国奴め。キリストを信じる者は、日本人ではない。この街から出て行け。」

聖書の話をしていた男の人が袋叩きにあっている。

母は、私が争いに巻き込まれることがないように、私を抱きかかえ走り出した。母の胸に抱かれながら、恵の耳には殴られながらも、大声で叫んでいた男性の声が耳に残っていた。


「主よ。彼らをおゆるし下さい。この人たちは何をしているのか自分ではわからないのです。」



「主イエス様は、ひとみちゃんを本当に愛されているのよ。真実の愛で、イエス様はひとみちゃんを愛されているの。」ミス・ユニケの言葉が恵の心に響いていた。

あの男の人が、袋叩きにあっても抵抗することなく、殴られていたのは、イエス様の愛を知っていたから。
私たちを「高価で尊い」と言って下さるイエス様の愛を知っていたからこそ、あの男の人は必死にイエス様の救いを語り、愛を語り、自分を殴っている人たちの救いを願っていたのだわ。
恵には、すべてが理解できた。
長野家の人たちが、癩である私になぜ、あんなにやさしく接して下さったか。が。
短生園と慰受病院の違いを。
そして、ミス・ユニケが毎日のように聖書を朗読して下さる意味が、理解できた。

「ひとみちゃん。ひとみちゃんは、イエス・キリストを救い主と信じますか。」


ミス・ユニケの問いかけに恵は、力強くうなずいていた。


うなずいた、恵の姿を見詰めるミス・ユニケの頬には、涙が流れていた。

「ひとみちゃん、ひとみちゃん、」と叫びながら雪が病室に走りこんで来て。

「よかったわね。本当によかった。ひとみちゃんがイエス様を信じてくれて、わたし、うれしい。とっても嬉しいわ。ミス・ユニケからひとみちゃんがイエス様を信じた。と聞いた時は、自分の耳を疑ったのよ。だって、ひとみちゃんは聖書の話を聞くことをあんなに嫌がっていたでしょ。ああ、うれしいわ。わたし。イエス様が私のお祈りを聞いて下さり、ひとみちゃんを救って下さった。早速、私の両親に知らせるわね。」

雪は恵が聞き取れないほど、早口でまくしたてると、両親に知らせるからと言って、走り去った。

私がイエス様を信じたことを、こんなに喜んでもらえるなんて。
雪、ミス・ユニケの喜びに恵は人のぬくもりを肌で感じつつ、イエス様にお祈りすることができた。


昭和15年11月 (1940年)



藤島恵はイエス様を救い主と受け入れた。
苦しみに打ちひしがれ、死ぬことを願い続けていた恵の生活は救われた事により、一変する。
恵は、ミス・ユニケ、雪に自分の本当の名前を身振り、手振りで何とか伝えた。
「藤島恵(ふじしま・めぐみ)これがひとみちゃんの本名なのね。これからは、ひとみちゃん、でなくて、めぐみちゃんと呼ぶわね。」

恵は、藤島恵と名乗るか、旧姓である松本恵と名乗るかで悩んだが、藤島恵と名乗りたかった。
浩介は嫌がるかも知れない。お前と俺は、もう関係がないと言い張るかも知れない。それでも恵は、藤島恵でいたかった。
イエス様の愛を知った恵は、浩介をゆるし、浩介を愛していた。
恵の浩介に対する愛の証しは、藤島の姓を名乗り続ける事だと固く決心していた。

浩介に再会することは、出来ないかも知れない。それでも恵は、松本恵ではなく藤島恵でいたかった。
浩介に、慰受病院にいることを伝えたかったが、言葉を失った恵にはその方法がなかった。
恵には、そのもどかしさが、いつもついてまわっていた。

恵がイエス様を信じた昭和15年。慰受病院は閉鎖寸前の状態であった。

イギリス人であったユニケにもスパイ容疑のため、身辺に特高警察が連日張り付いた。
そんなある日、とうとうスパイ疑惑のために家宅捜索。そして、取り調べと、拷問を受けるようになっていた。
70歳のユニケにとって、拷問は、肉体的に到底絶えられないようなものであったが、ユニケは、耐えた。
拷問を受けても、家宅捜索を受けても決して、ユニケは日本を離れようとしなかった。


その当時の日本は戦争に向かって猛進していた。

イギリス大使館の職員も、ミス・ユニケに帰国を勧めていたがユニケの意思は固く、帰国の決意は全くなかった。
ユニケは、慰受病院の患者を愛し、日本を愛していた。

そんなユニケにもどうすることもできない事件が起きる。

昭和15年11月。ユニケの代わりに慰受病院の職員であった松田洋蔵が逮捕、警察に留置される。
それだけではない、警察は慰受病院の帳簿類、および銀行の通帳一切を押収し、慰受病院維持のための支払い能力を奪っていった。
ユニケの残された道は、慰受病院を閉鎖し、イギリスに帰国することしかなかった。このような状況の中で藤島恵がイエス様を信じたことは、ユニケにとって大きな慰めであり、喜びであった。

「イエス様は、私の苦しみを知っておられ、私がくじけることがないように、めぐみちゃんを救って下さった。主よ、感謝いたします。」

ユニケの喜びの祈りである。


昭和15年12月。ユニケは慰受病院の閉鎖を決意し、雪に打ち明けた。


「ゆきちゃん。驚かないで聞いて。慰受病院を閉鎖します。」

とうとうこの日が来た。雪は、知っていた。現在の、慰受病院がどのような状況にあるかを。

「ミス・ユニケ、落ち込まないで下さい。慰受病院が閉鎖するのも、主の導きです。今の私たちには、理解できないことでも、主イエス様に間違いはありません。」

そう言って、雪は、持っていた聖書を開いた。


『神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。』(聖書)


「ゆきちゃんの言う通りね。イエス様に間違いはないわ。そうよ。イエス様に間違いはない。ただ、患者さんには、黙っていて。患者さんたちに不安を与えたくはないから。」


昭和16年2月 (1941年)


慰受病院には礼拝堂が併設されていた。
日曜日の礼拝の時間になると鐘がなり、その鐘の合図で、礼拝に集うことになっていた。
ユニケは、礼拝を強制することをしなかった、ただ、奨励はしていた。
恵もイエス様を信じてからは、必ず礼拝に出席していた。
目の見えない恵は、同室の村田さんと、助け合いながら、鐘を合図に礼拝に集っていた。村田さんは足が不自由であったので、恵は村田さんに肩を貸し、村田さんを支えた。その代わり恵の目の代わりは村田さんがした。
恵たちのように、助け合って礼拝に集ってくる人たちが、慰受病院には、多くいた。
慰受病院では、ごくあたりまえの光景であった。

「みなさんに、お伝えしなくては、いけないことがあります。」

そのように言いながら、ユニケの心は悲しみで満ちていた。とうとう、この日が来た。
慰受病院閉鎖の日である。
表には、患者さんたちを運ぶ三台のトラックが止まっている。
患者さんたちとも、これでお別れ。
そう思うと涙が止まらなかった。

涙で顔がぐちゃぐちゃになりながら

「今日で、慰受病院は閉鎖します。」

と、何とか伝えたユニケの泣き声が礼拝堂にこだましていた。

泣き崩れてしまったユニケに代わって雪が。

「みなさん、表に三台のトラックが止まっています。急いで荷物の整理をしてトラックに乗って下さい。今日から、みなさんは北九州療養所に入所することになります。私もみなさんと一緒に北九州療養所に行きますから、安心して下さい。
ミス・ユニケはここでみなさんとお別れすることになり、イギリスに帰国されることになっています。」

そこに集まっていた者、全員が泣いていた。
恵も泣いていた。
ミス・ユニケとのお別れ。
病院も閉鎖になる。

トラックの出発の時間が迫っているというので、恵は急き立てられるように、荷物の整理をしトラックに乗りこんだ。
恵の手を取ったユニケは、しきりにあやまっていた。
「ごめんね。ごめんね。めぐみちゃん。ごめんなさい。みなさん。どうか許して下さいね。」

トラックの運転手が恵とユニケの手を振りほどき。

「もう出発しますから、後ろに下がって下さい。」と言った。

それを聞いてもユニケはトラックから離れようとはせず、トラックの後ろにしがみ付いていた。
運転手は、そんなユニケの状態を知ることなく、トラックを走らせた。

誰かが、叫んだ。

「ミス・ユニケが、ぶらさがったままだ。」

トラックにしがみ付いていたユニケのハイヒールが飛んだ。
「あ、ハイヒールが、ミス・ユニケ」

その声を聞いた恵は、叫んでいた。


「とめて。トラックを止めて・・・。」


恵の声を聞いた運転手はトラックを止めた。
一瞬の静寂があたりを支配していた。

「めぐみちゃん、めぐみちゃん、こえ・声。」

トラックにしがみ付きながらもユニケが言った。
ショックから、失語症になっていた恵が、言葉を取り戻していた。

「ミス・ユニケ、もういいです。もういいです。あなたは、十分に私たちを愛して下さいました。
家族・親戚・国に捨てられた私たち、癩患者を十分に愛して下さいました。私たちに神様の愛を伝えて下さいました。
もう。十分です。
どうか、私たちのことはもう気にしないで、イギリスに帰って下さい。
私たちは、ミス・ユニケが無事にイギリスへ帰国できますようにお祈りしています。
たとえ、離れていても私たちは一つですもの。
離れ離れになっていようとも、私たちの結び付けられた心を引き離すことは、誰にもできません。」

恵の言葉を聞いたユニケは、泣きながらうなずき、トラックから手を放そうと思ったが、指が硬直していて離れなかった。

雪がユニケの指を一本、一本トラックから離していった。

ユニケはトラックが見えなくなっても、

いつまでも、いつまでも・・・その場から動こうとしなかった。








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