mez たぶん9週目 子宮内容除去術 05/07/25 |
原因 不明
突然つわりがなくなった。
トイレにいって紙につく 程度の非常にうっす
らとしたピンク色が混ざったおりものがあった。
11週目の検診で、心拍が停止していると言われた。
いわれる前に自分で エコーの画像を見て心臓が動いていないのが分かったために震えが止まらなくなった。前回(9週目)の検診後まったく成長していないと言われ
てとてもショックだった。
手術をして内容物を取り除かなければならないと言われ
たが、私の震えがひどく、冷静に話ができなかったために後日電話で相談するこ
とにして帰宅した 。結局翌日病院で手術を受けたが、その時も震えがとまらず、局部麻酔で行うはずだったのが全身麻酔で受けることになった。
私としては局部麻酔で手術の様子 がわかってしまうと気を失うと思っていたので結果的にこれでよかったと思った
。
術前には触診、エコー検査、マイクロスコープなど数々のチ
ェックがあり、その後ベッドに寝かされて点滴を2種類受けた後で子宮口を開く薬を入れられた。1時間後トイレに行き、出血が始まったことを確認後手術室に運
ばれて手術開始。
夫の話によると手術自体は10分程度だったよう。術後顔をたたかれて終わったこ
とを知らされ、また病室のベッドに運ばれて点滴をうける。6時間以上病院で過
ごした。
術後トイレ に行くと生理2日目のような出血。排尿が困難なためトイレで過ごす時間が長く、そのおかげで行くたびに出血量が少なくなっていったような記憶がある。
退院してからは一日三度ずつ抗生物質と子宮収縮剤を服用したが、収縮剤の方は服用後10
分くらいで激痛が始まり、出血が多くなったので薬がなくなる
までは1週間ずっとベッドで過ごした。
おそらく子宮内に残っているものがあれば それが自然にでて
くるための薬なのだろうが、あまりの痛さに夫が驚いて医師に電話をしたこともあった。しかし「極普通の症状なので辛いだろうが服用し続けるように」との答
えでしょうがなく飲み続けた。
1週間後薬がなくなると出血も どんどんおさまっていき、痛みもほぼなくなった。
■困ったこと
術後何度も非常に強い尿意を感じたが(おそらく点滴のため)、麻酔がまだきいているのでトイレに行っても排尿が不可能で困り果てた。看護婦さんに伝え、氷嚢を持ってきてもらって子宮の辺りをしばらく冷やす
と微量ながら時間をかければ排尿が可能になった。
その後15分置きくらいに点滴をさしたまま歩い
てトイレに通った。
■体のこと心配事
明日で術後ひと月になるが生理はまだきていない。
ただ、排卵かと思われるおりものや、生理前のイライラ、腹痛は通常通りある。
心配としてはいつか無事に元気な子どもを出産し、育てることが可能であるのかどうか。
次の妊娠が非常に怖い。
■心の流れ
最初の10日間くらいは誰にも話しかけられたくなかったし、様々な感情
が入り混じって自分を責めてばかりいた。しかし昔からの友人がメールで常にはげましてくれ(彼女も非常に辛い体験をしている)、いろんな
サイトを紹介してく れてそこで体験を書き込むようにしてみた。
家族や友人の「また妊娠できるよ」 という優しい言葉にも「でもあの子は戻ってこないのに!」と否定的にしか考えられずにいた私も、単なる同情ではなく、同じ体験をしながら
同じ立場で助言してくださる多くの人たちに励まされ、少しずつ前向きになれたような気がする。
特に妊娠が怖いという自分に「気持ちはわかるが流産のショッ
クは妊娠・出産す ることでしかたちなおることはできない」という言葉と、年齢を気にする自分に
「もっと年をとって産めないことがわかってから後悔するよりも、自分は辛くとも今がんばる方を選ぶ」というアドバイスで前進していかなくちゃ、という気持ちになることができた。
また、二度三度の流産を経て無事お子 さんを出産されたと言う方々のメッセージは非常に励みになった。
■家族の対応
夫は毎回検診にもつきあってくれていたので、流産
が分かった時のショ ックは私と同等に辛いものだったと思うが、一度泣いた後は私をサポートするために全力を尽くしてくれた。
流産のおかげで夫婦の絆がさらに強くなったように感じている。また、夫の両親と同居しているのだが、何も聞か
ずにそっとしておいてくれたのでこれは有難かった。
ただ、義父は昔の人でこういう話題には関わりたくない(怖いのだろうが)、と思うのか、術後2週間ほどで流産の話になった時に「それはもう終わったことだろう」と言ったのが非常に頭に
きた。私は痛みも出血もあるし、終わったどころかこれからも妊娠がわかってからも流産の恐怖と戦っていかなければならないのに。
■その他
供養について大変気になっていたのだが、あるサイ
トで「胎児という のはまだ世の中に出ていないので、恨み・つらみや心残りとい
うものもまだ知らない。そのために皆かならず天国へ行く」と書いてあったのを読んで心が楽になった。寺院によっては金儲けのためか恐ろしいことを書き連ねているところもあるので、この言葉を多くの流産経験者に知って欲しいと思った
。
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夏子さん 1度目/9週 2度目/10週 子宮内容除去術 05/03/23 |
原因:今回調べる予定です。
2度目は前回の生理から1ヶ月過ぎ、妊娠検査薬で陽性反応が有り、喜んでいたところ変な出血(茶褐色)。1週間以上続き病院に行くと切迫流産の危険で即入院。
ずっと少量の茶褐色の出血(トイレでトイレットペーパーにつくのみ)は有るが腹部に痛みは無いので、週数が少ないので病院に行ってもまだ赤ちゃんは見えないだろうと安易に考えていた。(後悔…)
1度目は枯死卵と診断され、2日後全身麻酔で手術。
2度目は3週間入院。動いて良いのはトイレ、給湯室(どちらにも一番近い部屋だった。)後は部屋の洗面のみ。お風呂も1週間入れず、その後3日に1回。
薬は張り止めと止血剤を服用。
3週間入院後、成長が止まり全身麻酔で子宮内容清掃術を受ける。手術翌日退院。
1度目は赤ちゃんの姿すら見えず別れが来たので、今回少し成長は遅いが、成長し続けていると聞いていたので、いつもお腹さすり話しかけていたのに。
心音が確認出来ないと言われた時は、頭は真っ白・座っているのに体が揺れる・汗がでて、顔は真っ青だったらしいです。横になり血圧を測ると測定不能。3回目でやっと測定できたそうです。
その頃に涙があふれてきて、看護士さんがずっと傍に居てくれた事に気づきました。私が落ち着くまで待っていてくれました。部屋に戻っても看護士さんが様子を何度も見に来てくれてました。「よくがんばったよ」と言ってもらえ、また涙。その日はずっと泣いていた様な気がします。
手術の日は旦那が仕事を休んで付き添ってくれました。朝、病院に来た旦那は寝ていない・泣きはらした顔でした。旦那と一緒に先生の説明を聞いて、また涙。旦那はこらえてました。手術までの間は流産の話しはしなかったです。
手術後、『この痛みは赤ちゃんがいた証拠・赤ちゃんの痛み』と思い痛みをこらえてました。1度目の時は受け入れられず、ずっと「痛い!」と叫んでいたのを覚えています。
夜、トイレに行って出血を見た時が一番ショックでした。トイレで号泣してました。もうお腹に居ないんだと痛感しました。1週間経った今も時々になりましたが、泣いています。泣くとお腹も痛くなります。
■困った事
診察に来て即入院だった為、旦那と母に入院準備をしてもらう事に。
3週間の入院はすごくストレスを感じました。最初の内はのんびりしていたのですが、徐々に食欲が無くなり睡眠も取れなくなっていきました。隣のベッドの人のいびきも、すごくストレス!嫌な事も考えすぎでした。また流産しちゃうかもと不安で夜、声をころして泣くことも…
泣いて退院を懇願しました。(先生も看護士さんもとても良くしてもらってたのですが)同居している母に協力するからと言って貰え、退院の予定が手術する事に…
■体の事
体の心配より、まず精神の元気を取り戻さないと!
■心の流れ
まだ、ゆっくり流産についてや今後の事を旦那と話してないんです。話しをするのが怖いんです。でも来週病院にいくので、それまでに一度ゆっくり話しはするつもりです。
ゆっくり考えていきたいと思ってます。
■家族の対応
旦那は退院後、流産の事にはふれません。私が話しをしたがってないと感じているからだと思います。ただ、寝る時は毎日抱きしめてくれてます。今回もダメだった事を伝えた時にもう子供はいらないと言った事を、すごく真剣に受け止めてくれている様です。でも子供はほしいみたいです。
同居している私の母は、仕事もしながら毎日病院に来てくれ、旦那の面倒もかけてしまい、その上おばあちゃんにしてあげられなくて…諦めずに待っていると言ってます。祖父の仏壇にちゃんとひ孫の面倒を見る様にと、お願いしてました。
同居の祖母は「平気そうや」と親戚に言ってました。平気な訳ないやろ!ってつっこみそうになりました。
後、猫がいてるんですが、毎日一緒にお昼寝をしてくれます。なにか感じるみたいで、落ち込んでる時は傍にいてくれます。
■こんなサポートあったらいいな
処置室の隣が分娩室なのは…
部屋は産科ではなく婦人科の人達と一緒だったので、良かったと思っています。ただ何度もどうして入院してるか聞かれるのには、うんざりしてました。
■その他
1度目の流産の2ヵ月後、交通事故に遭い腰の骨と肋骨を骨折。3週間入院。その時、お腹の中の赤ちゃんは事故の予感が有り、私への負担を減らす為に自ら旅立ったのかなと思いました。姿もみえなかったけど親孝行な子だったのかなと思っています。きっと事故で失っていたら、私はあんなに早く歩く事は無かったと思います。
辛い事が続きましたが、周りに支えらている事にも気づかされました。
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akoさん 10週 稽留流産 子宮内容除去術 05/02/15 |
先生がおっしゃるには、赤ちゃん側の染色体異常が原因との事
痛み、出血とも全くなし。稽留流産との診断。掻爬手術(子宮内容除去術)
私は今年2月8日に妊娠10週にて、稽留流産との診断を受け、翌日入院、そして2月10日に手術を受けました。
2月8日の検診まで、痛みも出血も全くなく、8日の検診をとても楽しみにしていました。
その前の1月25日の検診では、胎児、心拍ともに確認できていましたので、先生より、母子手帳を貰ってきてとの事だったので、今回はそれも持っての初めての検診でした。「始めてこの母子手帳に記入してもらえるんだ」とちょっとワクワクしながらの検診。しかし、診察室でエコーを見ていた先生の表情が曇っていたので「どうしたんだろう?」と思っていた途端、先生の口からでた言葉は「赤ちゃんの心臓が動いていない」という言葉でした。私も一緒にエコーを見ながら、確かに先週ピクピク動いていたはずの赤ちゃんの心臓が全く動いていませんでした。でも「きっと見えないだけで、また別の日に見たら、動いているに違いない」と自分自身に言い聞かせ、間違いであって欲しい・・・と何度も何度も心の中で繰り返していました。しかし10週にしては胎児の大きさも小さいままで、どうやら、前回8週の検診以後、胎児の成長は途中で止まってしまっていたみたいです。
しかしながら、私には痛みも出血も全くありません。だからこそ、余計にそのときの状況が信じられなくて、「どうして?何で??」の繰り返しでした。
まさか自分が流産するなんて・・・今の今まで、元気だと信じていた赤ちゃんが、もうお腹の中で亡くなっているなんて、到底信じられなくて。ショックのあまり、診察室の中では涙はでてきませんでした。先生のおっしゃる事をただ黙って聞いているだけでした。
先生からは、このままほおっておくと突然大量出血等して、大変なことになるかも知れないと言われ、「赤ちゃんはまだ生きているかも知れないのに・・・」と思いながらも、「それなら・・・」と翌日の入院、あさっての手術をお願いしました。その時はもう気持ちがいっぱいいっぱいで、他のこと考える余裕はありませんでした。
診察、入院の話が終わり、精算に向かう途中、大粒の涙があふれ出し、止める事ができませんでした。
帰ってから、辛い気持ちの中、入院の準備をし、翌日入院。主人も仕事を休んで付き添ってくれました。夕方、子宮口を広げる為、何か管のようなものを何本か入れる処置をしました。その後、物凄い鈍痛で、痛み止めをもらったのですが、全く効かなかったです。翌日、午前中から点滴を始め、麻酔の効きをよくする注射をし、手術室へ。全身麻酔で、目が覚めたときには手術は終わっていました。凄い量の出血があり、2時間ほどは麻酔がきれるまで、ベッドで横になり、その後退院しました。
今日で、術後5日経ちますが、泣いてばかりの毎日です。出血もまだ続いています。体の回復もまだまだですが、心の回復は当分できないと思います。ちょっとした事で、すぐ泣けてきてしまい、どうすることも出来ません。私の心が本当に癒され回復するのは、次、このお腹に新しい命が宿り、そして無事出産できる時だと思っています。
■体の事
体の回復が思うようにいかない事。とくにこの気持ちをどうすればいいのかわからない。
■心配事
今はまだ術後5日目で、出血も続いています。基礎体温が妊娠の時のまま継続していて、一向に下がりません。このままだと生理も来なさそうで、かなり心配です。まだ術後の診察も受けてない状態なの、詳しくはわかりませんが、生理がちゃんと来るのか、排卵はちゃんと起こるのか、何もかもが心配でなりません。
■家族の対応
主人は入院の日と手術の日の2日、会社を休んで付き添ってくれました。両方の親も病院へ来てくれ、みんなで励ましてくれました。
入院は、分娩の方も一緒の病棟なので、赤ちゃんを見るのが辛かったです。幸せそうな家族と正反対の私。悲しくて、泣きたかったけど、こらえて我慢しました。できれば(難しいでしょうが・・・)病棟等が別であればいいと思います。
■心の流れ
退院後、ネットで色々な流産体験を調べました。自分と同じ境遇の方の話等を読み、自分一人じゃないんだ・・・と少し励まされました。まだまだ悲しみからは立ち直れませんが、少しずつ頑張っていこうと思います。でもどうしても早く赤ちゃんをこの手に抱きたい。そう願わずにはいられません。
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うさみみさん 1回目9週 / 2回目8週 稽留流産・進行流産 05/01/17 |
はじめは軽い下腹部痛と少量の出血があり、だんだんと痛みが増して出血も多くなっていきました。
子宮がねじれて引きつっているような痛みでした。
何度も市販の鎮痛剤を飲みたいと思いましたが赤ちゃんも頑張っているんだと思い必死に耐えた。
おととい亡くなった赤ちゃんを出しました。
「前回の検診の翌日には心臓が止まっていますね」と言われた時が今回の流産で一番辛かった。
前の検診で心拍確認されて安心していのに。
前回、稽留を経験して検診まで不安な毎日を過ごしていたから。
でもその翌日には止まってしまっていたなんて・・・1週間、赤ちゃんは亡くなったままずっと自分のお腹の中にいた。体もそれに耐え切れなくなり早く外に出そうと陣痛を起こしていた。私はまさか赤ちゃんが亡くなっているなんて思ってもみなかった。
下腹部の痛みはだんだん酷くなって出血も多くなってくる。パニックだった。
真夜中、病院に電話した。先生が「今来てもらっても妊娠初期だから流産を止める薬も無いし、とにかく安静に」と言われ安静にして様子を見ることにした。朝になるとトイレにも立てないほどの激痛でずっとうめいていた。訳の分からないままいつの間にか夜になり主人が帰って来た。2日間今まで経験した事の無い痛みに限界を感じて朝一で病院に連れて行ってもらった。痛みで車からも一人で降りられない状態で前を通っていく妊婦さんたちが哀れそうに見ていたのが印象に残っている。
■困った事
表面だけの同情は余計傷つきました。
■心の流れ
次の妊娠が怖いです。はじめて流産したときに2回目も流産することは考えていなかったので3回目もあり得ると思う。流産は精神的にも辛いですが手術も辛いです。
2回目の時には陣痛で胎盤が出掛かっていたので内診台に乗ったまま先生が取り出しました。容器に入れられた胎盤(胎児)を見せられて現実を受け入れざるを得ない状況でした。
■家族の対応
1回流産して夫の両親に酷い言葉を言われたので今回は妊娠した事もいいませんでした。実の両親は本当に心配してくれとても癒されました。
■こんなサポートあったらいいな
同じロビーで妊婦さんを見たくないので流産したら施設を分けて欲しい。
■その他
クーちゃんママさんはじめまして。
私は今回2回目の流産を経験しました。
自分でも信じられないのですが現実なのでそれを
自分に言い聞かせる為にもここに参加させていただきました。まだ情緒不安定で文章もおかしいと思いますがどうかご了承下さい・・・
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みーさん 9週と3日 04/ 8/27 |
流産と診断される5日前から茶色っぽい汚れあり、その他の異常なし。
流産と診断される前日に下腹部の激痛と大量の出血、夜間診療に駆け込む。
病院に行ったのが夜間だったため若いアルバイトの当直医に処置を受けた。
点滴をするための静脈が見つからないと失敗もされそれがたまらなく痛かった。。
■流産後心配事
すべてが痛くて悲しくて、もう妊娠するのが怖くなりました。
もうHも出来ないのではないかとさえ思ってます。。
■サポート
主人は泣き続ける私のそばにずっといてくれました。
仕事の忙しい時に会社の人にも迷惑をかけたなぁ。。と思ってます。
主人には大変申し訳ないけど。。やはり母のような気遣いは男性には無いようで、母がいてくれたらと思うときもしばしばありました。
大人げ無いけど、しばらく子持ちの友達には会いたくないです。。。
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ぽんつまさん 9週目 稽留流産 宮内容物除去術 04/07/28 |
体調の変化はまったくなし
不妊治療を始めて半年。やっと授かった子でした。妊娠を確認したときはダンナと二人で大喜び。さらに両方の両親も大喜びでした。10週の検診のとき、いつものように診察を受けると「心音がしない」と言われました。
その時点で流産と診断され、目の前が真っ暗になりました。
診断から4日後に手術。前日の処置が一番痛く、辛かったです。除去手術は麻酔がきいていたので痛さはなかったのですが、終わって目が覚めたあとの喪失感は忘れられません。
手術の後4日ほど休んで仕事復帰。もう少し休めばよかったかなとは今思います。
■困ったこと
初めての入院だったのでわからないことだらけでおろおろしてしまいました。
■その後の体調
生理は術後26日できました。その後は順調に戻り、今は妊娠前の周期に戻っています。
流産後に乳汁が出て、病院で相談しようとは思ったのですが、やめて、漢方薬局へ行き、漢方で乳汁を止め、体調を戻しました。
■サポート
手術後は実家に泊まっていたのですが、ダンナも一緒に泊まってくれて、いつもそばにいてくれました。
■その他
流産のことをちゃんと知らない人(私も含め)がたくさんいるので、このサイトはすごく勉強になりました。
私もこの経験を忘れずに、がんばっていきたいと思っています。
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シリュウのママさん 9週目 稽留流産 子宮内容物除去術 04/4/15 |
痛みも出血もまったく無し。
関係があるかどうかは分かりませんが、9週目前後に何故か尾てい骨からお尻にかけて痛みがあった。
10週目の検診の時、超音波の画像を一瞬見ただけでで心臓が動いていないのが分かって頭の中が真っ白になりました。先生はずっと『順調に育っている』って言っていたのに!!
病室が空いていないというので陣痛室に一泊させられ、カーテンを隔てた隣の部屋で陣痛に耐える妊婦さんがいたり産声が聞こえたりしたので、その病院の無神経さにびっくりしていた。
手術前の処置が痛かった。手術が怖くて看護師さんにしきりに痛みは無いか聞いていたけど、ベテラン看護士さんらしき人が変に緊張してしまうと意識がしっかりしてしまって余計に痛みを感じてしまうから麻酔が効いてきたら素直に寝る様にとアドバイスしてくれたのでちょっと安心した。
■心の流れ
不育症で無い事を祈ります。
つわりが全く無かったので、『ちゃんと育ってくれてるかな?』と心配していたけど、まさか自分が流産とかなんて・・と思っていた(お酒もタバコも完全に止めたし、かなりの健康体なので)ので『なんで?!どうして?!』という気持ちでいっぱいだった。
でもこればかりはどうしようも無いと分っていたので泣けるだけ泣いておこうと思って一週間位はしくしく泣いていました。(もともと泣いてスッキリする性質なので)先生の話ではこの時期に死んでしまう赤ちゃんは染色体異常が多く、運良く生まれてこれても何らかの障害を背負っているとの事だったので赤ちゃんは自ら育つのを止めたのかなあ〜なんて思ったりしました。
■サポート
旦那は赤ちゃんももちろん残念だけど、悲しむ私が可哀想だとちょっと泣いていました。泣いてる旦那を始めて見ました。思い出したかのようにしくしく泣き出す私をいつも受け止めてくれたので、有り難かった。予想以上にサポートしてくれたのでうれしかった。実母は駆けつけようとしていたみたいだけどそっとしておいて欲しいと拒否してしまいました。
病院では『何か心配な事があったらすぐ来てください』と言ってくれるけど術後は特に行きたくないと思ってしまうのでこういったホームページがあるといいですね。
■その他
辛い思いをしている人もたくさんいるけれど、自分と同じ様な人がいるからがんばろうというんじゃなくて、自分自身で乗り越えなくちゃいけないですよね。負けちゃいけない!!
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bunさん 9週 不完全流産 ホルモン注射と点滴 04/03/18 |
9週で 不全流産 ホルモン注射と点滴での処置
6週ぐらいから出血。
7週から入院してホルモン注射と点滴経過を見ていましたが、流産手術の前の日の昼前にした点滴だけいつもと違うものでした。
看護婦さんに「いつもと違う」と言ったのですが「大丈夫」といわれてそれでも気になり他の看護婦さんに言ったら「そんなわけがない」と言われて調べて見るって行ってしまってから音沙汰が無かった。
次の日先生が「もう難しいですね」と、流産手術をすることになりました。あの一本の点滴が今でも気になって気になって仕方がありません。今ではしっかりなまえを覚えていませんがいつもしてたのは漢字だけで書いてある点滴で(糖という字が含まれて書いてあって赤紫の字)、一回だけしたのは青文字にカタカナの文字のまじった点滴でした。実はまちがったので手術が次の日になったのではないかと凄くやな気分でした。
■困った事
入院自体が初めてで困った
■心配事
凄く点滴のことだけが気になった。
■サポート
旦那の両親が気になることばかり言うのでかなりストレスになった。
しっかり、どんな内容で治療しているのか教えて欲しかった。
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みやこさん 9週 稽瑠流産 子宮内物除去手術 04/1/31 |
特に腹痛や出血もなく、変化はありませんでした。基礎体温もさほど変化なく高体温期が続いていました。
その後、1週間程、子宮収縮剤を飲みました。
9週目で稽瑠流産と告げられ、とてもショックでした。その時点では普通につわりもあるのに、画面には赤ちゃんの育つ袋はあるのに、赤ちゃんはいませんでした。まさか私が...。どうして?という思いでいっぱいになり、涙が止まりませんでした。1週間位はずっと泣いてばかりいました。
■その後の体調
処置の後、通常の周期で生理がきました。ただ、最初の生理は以前より出血の量が多く、日数的にも長かったです。
その次の生理は以前と同じような感じでした。生理痛は薬を飲まなくても大丈夫なくらいの軽さでした。
■心の流れ
流産の後しばらくは、現実を受け入れることはできませんでした。しかし、主人と今回の流産について話し合ったり、掲示板で同じような経験をしている人の体験談を読んでいるうちに、自分も現実を受け入れていかないと前に進めないなと思い、流産という現実を受け入れるようになりました。また人に話すことによって少しづつ楽になったような気がします。
■サポート
主人は処置の日は会社を休んでくれ、そばに着いて励ましてくれました。主人も私と同じ位悲しいと思うのに、落ち込んでいる私を元気つけようと、いろいろな面で支えてくれました。父や母も同じように
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ねっちとしっちさん 10週・稽留流産 04/1/6 |
手術を受ける2,3日前からベージュ色のおりものが出はじめる。ただのおりものだろうと思っていましたが、次第に濃くなっていき(茶色)動くたびに出血しているのが分かった。定期検診までにはまだ期間があったのですが、どうしても今見てもらいたいと主人に伝え、病院に行って少しでも不安が取り除ければというつもりで夜間にいつも通っている産院とは違う総合病院の産科で見てもらいました。
■その後の体調
流産後は基礎体温が乱れると言いますが、私の場合は手術翌日からカクンと低温期に入りました。
■心の流れ
はじめは何をしてても暗く、投げやりになっている自分がいました。時間がたっていくに連れてだんだん落ち着いてき、次の妊娠へ向けての心の切り替えが出きるようになってきました。
■サポート
主人が凄く支えてくれました。自分も辛いと思うのですが、第一に私の事を考えた対応をしてくれました。主人の両親も優しく接してくれましたが、やはり自分の母親が一番癒してくれました。
私の場合、通院していた産婦人科の先生がものすごく勇気着けてくださりました。初めての流産で落ち込んでどうして言いか分からない私に、気持ちが軽くなるような発言をたくさんして頂きました。次の生理をみればまたトライしていいよ!とか、次は出来やすいし、まず元気な子が産まれるでしょうと。
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TANKさん 10週 子宮内物除去(そうは手術) 03/11/13 |
5週の流産後、また妊娠したものの、今度は10週で稽留流産でした。
9週頃から、つわりが軽くなってのでイヤな予感はしており、(腹痛&出血なし)10週の健診で8週の時から大きさが変わらず、心拍が止まった状態と判明。先生も非常に残念そうに、私の精神状態を見ながらゆっくり説明してくれましたし、「次の健診で確定した場合はご主人と一緒に説明させてください」、とのことでした。再度日を改めて主人と一緒に健診へ行き、心拍が確認できなかったので正式に稽留流産と診断されました。
流産について、手術の必要性やリスクなど十分に説明していただきましたし、主人と一緒に聞けたのはよかったです。
その4日後にそうは手術(手術15分+麻酔回復まで3時間の日帰り)を受けました。
手術の前日に、子宮口を広げるラミナリアという管?を入れて一旦帰宅。一瞬ですが、痛かったです。ラミナリアを入れて3時間位は生理痛のような鈍痛がありましたがその後は痛みはなかったです。手術室に入る前に待たされたのが、新生児室の前だったのが辛かったです。かわいい赤ちゃんを抱くお母さんと自分とのギャップに、涙のスイッチが入ってしまって、全身麻酔がかかるまで泣いてしまいました。
私は流産はよくあることだし、仕方のないこと、今の生活は幸せだし流産はそんな悲劇的なことではない、と冷静に受け止めていたつもりでした。ただ辛かったツワリがリセットされたショック、家族に流産を伝える辛さはあり、それを冷静に受け止めて自分は頑張った、と思っていたのに、さらに手術への恐怖、全身麻酔の点滴や麻酔を効きやすくする筋肉注射の痛さが追い討ちをかけて、「まだ我慢しなきゃなのか・・・」と思ったら、悔しくて泣けてきたんです。自分がこんなに取り乱すとは思いもしませんでした。
全身麻酔は静脈点滴で、3秒くらいで意識がなくなりました。手術10分後くらい、意識が10%くらいの状態で、子宮収縮が始まり、重い生理痛のような痛みと寒気が15分くらい続いたと思います(個室)。ただ痛み止めの座薬は既に入っていました。自分は意識が朦朧としていて、「痛い〜、寒い〜」とうめいていたようです。その時には主人がそばにいて、足や腰などをさすってくれていてとても心強かったのを覚えています。そんな私の姿を見ている主人も辛かったと思います。それからは痛みはなくなり、今度は麻酔から徐々に覚めていくのが変な感じでした。意識だけが徐々にハッキリするものの、体は動かないので金縛りのようだったし、少しでも頭を動かすとすごいめまいを感じました。でもウトウトしたり、主人と話したりしているうちに、少しづつ体が動き始め、3時間くらいベッドで横になって、普通に歩けるようになって帰りました。隣の部屋では分娩が始まっていましたが、それに対しても「お産が始まるんだ!」って思ったくらいで、辛くは思いませんでしたが、デリケートな方には辛いのかも。。。手術当日はごはんを食べておらず、お腹がペコペコだったのでおいしいものを食べて帰ったくらい元気になってましたよ。
■心の流れ
その日の夜は、一連のことがお互い辛かったね・・・と2人で泣いてしまいましたが一晩寝ると辛さは半減、また一晩寝ると半減・・・とものすごい早さで回復しました。今は肉体的ダメージから当分は妊娠はこりごり・・・という心境ですが、新生児室の赤ちゃんは本当にかわいかったし、時間とともにダメージから癒えていくのが分かるので、時間が経てばまた欲しいと思うと思います。それでまた流産したらその時はその時、子どもができなければ2人の人生を謳歌するし、子どもができたら苦労もいっぱいあるだろうけど、頑張るしかない、って思います。私は主人がそばにいてくれる幸せが大きいので、プラス?の子どものことは授かればラッキーくらいでいれば、毎日が幸せなのは変わりなく、楽しく過ごせます。赤ちゃんに執着して、「できないこと=不幸」になって毎日を過ごすのはもったいない。まず「今が幸せ」なのを忘れないでいたいです。今度のことで、まずは主人がいてくれてよかった、と再認識しました。
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さんたさん 9週 子宮内物除去(そうは手術) 03/10/17日 |
帰りでのそうは手術。全身麻酔でした。
体の変化としてつわりが軽くなりましたた。腹痛、出血はありませんでした。
8週で心拍確認見えなくて流産の可能性50%と診断。信じられなくて翌日別の病院へ。すると心拍が見えた。ぴくぴく動く姿に感動。しかし心拍の動きが遅いと言われもう少し様子を見るしかないとのこと。この1週間が一番つらかった。不安でよく泣いた。翌週、心拍も見えないし前回から大きくなっていないとのことで繋留流産と診断。3日後に手術決定。
子宮を広げるものを入れるのがとても痛かった。手術台で点滴と麻酔をされるときが一番緊張した。麻酔を打たれて時計の針が11時を指しているのをぼやけて見えたのが最後で意識はなくなった。手術中、痛みはないけれど臨死体験のような不思議な感覚を体験した。夢のような中で、自分が存在しているという感覚はあるけれど体はなくて丸い魂になっているみたいだった。あー私は死んだんだぁ。。。と思っていた。麻酔が覚めて、あれ?身体がある!生きている?
ナンだろう?どうしたんだろう?と訳のわからない状態になった。記憶がなくて妊娠したことも自分が何者かもわからなかった。徐々に麻酔が切れる中で、そうだここは病院だ。妊娠してたんだ。今日は検診?あれ違う?赤ちゃんは?流産したんだ。手術したの?と独り言のようにつぶやきながら思い出していった。そばに看護婦さんがいて聞いてくれて一緒に泣いてくれた。
術後の検診で、周りにはお腹の大きな妊婦がいっぱいで上の子も連れている人も多く、今まで感じなかったなぜ私だけが?という思いで落ち込んでしまい困った。
■その後体調
手術からもうすぐ2週間だけど出血が止まらない。術後1週間の診察では子宮は元の大きさに戻っている。出血もそのうち止まるとのことだったが。。。
■心の流れ
精神的にもだいぶ元気になったと思うが次妊娠してこどもが元気に生まれるまでは不安はいつまでもあると思う。早く欲しいと思う反面、あのつわりをもう一度体験して、また流産だったらどうしよう・・という怖い思いもある。
インターネットで流産について色々調べるうちに、流産が確定する前に、ダメかも・・・と思うようになった。でもがんばってまだお腹で赤ちゃんがんばっているかも。。。と期待しました。あるホームページで「赤ちゃんは忘れ物をしたから取りに行っだけ。また戻ってくるよ」との言葉に救われました。夫は私が元気ならそれでいい。といってくれた。
流産に関するホームページでたくさん情報を得たし他にも同じ体験やもっとツライことを体験している人もいるんだとずいぶん助けられました。
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空さん 9週 子宮内物除去(そうは手術) 03/9/8 |
原因は不明。医師からは初期なので全くの偶然による流産と言われた
心配な事は何もなかった。出血も腹痛もなく、一人目のときのようにひどいつわりもなく、順調そのものだった。ある日の検診で医師から「心拍が止まっている」といわれましたが、突然過ぎて信じられませんでした。その時に「前回の検診時に赤ちゃんの体の中に水が溜まっていました。それが原因なのかもしれません。話すと心配されると思ったので言わなかったのですが・・・」と言われました。その時に話してくれていたら心の準備もできたのに・・・と思った。
手術の4時間前にラミナリアを入れた。痛みは思ったよりも強くなかった。手術は筋肉注射の後、静脈麻酔。目が覚めたら全てが終わっていた。その後も痛みはほとんどなく、赤ちゃんは最後まで私の体を苦しめずにいてくれたんだなあ、と思うと涙が出た。上の子が3歳で預けるところがなかったのが本当に困った。病院にそう話しても、とにかく早く入院して処置しましょうと言われたので。
術後の生理は25日目で来た。今まさしくその3日目ですが量が多く、時々子宮の辺りが痛む。もともと生理痛がない分、ほんの少し辛いです。
4週間経った今も、本当に100%受け入れられているかといったらそうじゃないと思います。泣いてばかり・・の頃よりは少しは落ち着きましたが、今でも妊婦さんを見ると無性に辛くなります。でも、このままじゃいけないんだ、がんばるんだ!って自分で自分を励ませるようになりました。次の妊娠が順調に進んで行くまでは完全には元気になれないと思いますが・・・
■心の流れ
主人には辛く当たったり、申し訳なかったと思います。それでも支え続けてくれた事に本当に感謝しています。夫婦の絆が深まったと思います。3歳の娘には淋しい思いをさせましたが彼女が何よりも私の心の支えになったと思います。彼女がいてくれるから、泣いてばかりはいられなかったし、頑張ろうと思えました。
■こんなサポートあればいいのに
病院で一番嫌だったのは病室です。私は2日間入院しましたが大部屋なら妊婦さんと一緒と言われたので、それは耐え難く、個室にしました。個室は一日8000円も差額が必要で、金銭的にも苦しかったですが自分の気持ちを優先させてもらって個室に決めました。大部屋でも妊婦さんと一緒にならなくてもいいような方法があればいいのに、と思います。
■その他
手術を終えてからと言うものネットで”流産”を検索する日々です。でも、私と同じような経験をしている人がとても多い事、みんな頑張っている事、本当に励まされました。私も何かのお役に立てれば・・・と思いアンケートに答えさせていただきました。
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