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診断された前日の夜、突然の腰痛があった。まるでぎっくり腰のような痛みだった。 入院当日:抗生剤の点滴のみ。 2日目 :抗生剤の点滴1日2回、夕方ラミナリア1回 目。 3日目 :抗生剤の点滴1日2回、朝、夕ラミナリア 4日目 :抗生剤の点滴1日2回、9時ラミナリア抜去、 陣痛促進剤1回目 促進剤は1回で30分後に陣痛、55分後に破 水、70分後に娩出。 5日目 :診察で異常なしのため退院 妊娠検査薬で陽性だったので、4週で病院へ行ったとき出血していると言われて、最初から流産するかもとか子宮外妊娠かも、と散々言われた。その後、6週で出血。切迫気味と言われて自宅で内服で経過観察。 その後は順調だった。 17週3日の夜に突然の激しい腰痛があったので、翌日整形外科にかかる前に産婦人科に行ってみよう、と軽い気持ちで受診。たまたま子宮癌検診をする頃だったので内診台に乗ったとき、医者に「水が出てるから羊水検査します」と言われた。そこで羊水反応(+)で破水している、と言われて、訳のわからないまま入院。 医者には破水してしまうと感染を起こすのでなるべく早く赤ちゃんを出さないといけない。17週では、今、生きていても救命は出来ない、と言われた。主人と夜中まで話し合って翌日の検査でも羊水反応が出るなら諦めようと決めた。翌日検査を依頼したら、医者には「やっても無駄だよ」と言われたが無理にしてもらった。その時はエコーでも羊水はちゃんとある、と言われ羊水反応も(-)だったので、退院して1週間後に受診するように指示された。しかし、主人の母に私に何かあったら困ると言われて、別の病院へ行き再検査してもらった。前医よりも感度の高い検査をしてもらったが、羊水反応(+)とのことだったので、初診だったがそのまま入院させてもらった。 ■困ったこと 主人の両親と2世帯で住んでいるので、困ったことは特になかった。 ■その後の体調 生理は分娩後33日できた。基礎体温も生理の2週間前に高温期になった。 1ヶ月検診でも問題ないと言われたが、今回妊娠したからと言って、次回妊娠できるとは限らないのでそれが心配。 ■心の流れ 結婚前は小児科の看護婦をしていて、NICUでの勤務経験もあったので、破水していると言われた時は医者に言われる前に「17週では助からない」とわかってしまった。でも頭ではわかっていても感情がついていかなかった。私の場合、破水していると言われても本当にわからなくて、下着が濡れるということもない程度に徐々に羊水が漏れていたらしい。 破水してしまった原因は不明だし、エコーではあかちゃんは動いていたし、私の選んだことは自分の身体を第一に考えた為の殺人になるんじゃないか、と今でも思ってしまう。 それでも、泣きたい時には泣いて、主人に自分の思いを伝えていたら、少しずつ落ち着いてきたと思える。 ■サポート 主人の母も流産を2回経験しているので、主人が仕事に行っている時などは1日中、付き添っていて話し相手になってくれた。 主人も両親も、とにかく誰も私のことを攻めないでくれた。 ■その他 今はどこでも人手不足だが、話し相手になって欲しかったり、他にも同じような体験をした人がいるのか、など聞いてみたいことはたくさんあったので、看護師や助産師がもっと側にいてくれたらな、と思った。 ■こんなサポートあればいいのに 産科の医者にとって、流産の患者というのは多くの患者の中の1人かもしれない。でも、患者にとってはどうしていいのかわからないくらい悲しい出来事。 だから、医者の立場から見て早く処置の準備に入りたくてもいきなり部屋に入ってきて「決めた?」と聞いたり、「再検査したって無駄だよ」と言うのはやめて欲しい。あなたに何がわかるの?と叫びたくなった。 結局、その医者のいる病院ではないところで分娩した。 |
19週の検診の日、旦那と(友達もたまたま同じ日だったらしく、待合室でおしゃべりをしていて)順番で呼ばれて最初は診察室で変わりはないか聞かれ次に内診台へ行きウキウキしていました・・・心音を聞く為に機械をお腹に当てて、何回も位置を変えてる事に気づき頭の中で混乱していました。先生が、『内診台を降りてまた呼びますので、診察室の前で待っていてください』と言われ、なぜかドキドキしていました・・・数分してから、また呼ばれ経膣プローブでお腹に当てて見ました私は心の中でどうか赤ちゃんが元気でいますように・・・と唱えていました。でも、先生は残酷にも『あれ〜心臓動いてないから、準備して診察室来て〜』と軽々しく言い放ちました。そして、診察室へ行くと先生は『旦那さん、今日来てる??ちょっと連れて来てくえないかな?』と言われ号泣しながら旦那を呼びに行きました・・・処置の方法、入院の事など事細かく説明していた事を覚えています。診察室を出てから、隅の方でワンワン泣きました。その日たくさんの人が居ましたが気にせず泣いていました・・・入院してからは、泣いてばかりでした・・・ ■心の流れ■ その頃は、パソコンもなく携帯でサーチをして同じ経験した人と掲示板でお話したりして気持ち的にも余裕が出来てきました ■心配事 今、妊娠4ヶ月なんですけどまた心音がなくなったらどうしようとか考えてりしちゃいます・・・ ■家族の対応 冷たいものでした・・・父からは、『我が家は、男の子は弱いから仕方ないんだから』と言われ母からは『あんたいつまでグズグズしてるの?二人居るんだからちゃんと見なさいよ!!』今もそれが引き金で、両親とも嫌いです。旦那は、私の気持ちを理解してくれていい人です。かなり救われています。 ■困った事 入院費が高くて、分割にしてもらい今も払っています・・・。 ■その他 流産した人や死産した人などに、カウンセラーを付けて欲しい・・・ |
| 前回の妊娠で16週での流産を経験。子供がほしいと思っていたのですがなかなかできず1年半の期間が開きました。前回の流産に関しての検査は一切行わず妊娠を向かえました。 子作り期間でナーバスになっていたので、いったん休憩しようと子作り休止期間としていた時期に妊娠。不思議なものだと思いました。 その後、不安はあるものの子供の生命力を信じてあげようと小さいうちからお腹をさすって語り掛けを行っていました。 検診で赤ちゃんの頭部あたりに水腫らしいもの見られると言われ、大きな病院で見てもらうことになりました。 「頚部リンパ管嚢腫」という事でした @妊娠中に浮腫が消えていく場合があるということ。まれに出産後浮腫の部分の手術が必要になる場合がある @約10%ぐらいの割合で障害のある子供が生れる。 (ダウン症・ターナ病等)通常は1/1000の確率 @羊水検査での検査も可能。ただし流産の確率もでてくる というものでした。 先生にはダウン症等の障害などについての話もした上で、産みたいという希望があるなら流産の可能性がでてくるリスクを背負ってまでの羊水検査はしなくていいね、という話し合いになり経過を見守る形での妊娠生活をおくることになりました。これに関しての治療や処置方はないということです 先生が「元気な赤ちゃん産んでくださいね」と言ってくれたのがとっても嬉しかったです。そして心強かったです 流産の危険性が少しでもあるならと羊水検査は行わず、経過を見ることにしました。 その後、羊水過少が重なり早い段階での羊水過少は肺が育たないということから、万が一育って分娩という形にもっていけても呼吸ができないので生きることができないということでした。 また羊水が少ない為、外界の刺激が直接胎児に伝わってしまう、また無脳症も考えられるということでした。酷なことをいうと臍の緒がつながっている限り心臓は動いているが生きている状態とは言えないかもしれないと言う事でした。 先に可能性が少ないことを説明された後、週数が進んだ死産は体に負担がかかるということのリスクも説明されました。先生からは「中絶ということはこちらから勧められませんが選択肢にはあります」との説明も受けました。セカンドオピニオンも進められました。 夫婦間で話し合った結果、どの方法が子供を苦しまずにすむか悩みました。お腹にいるうちはどんな状態でも元気だということ。命が続くならそれがその子の寿命じゃないかと悩みました。でも羊水が少なく外界からの刺激を受けるということはボクシングのような状態ですよね。子宮内膜と胎児が癒着を起こしたらどうしよう。。。など考えました。結果人工死産(中絶)という形を取ることにしました。 方法は前回と変わらずラミナリアで子宮口を開き誘発剤で陣痛を起こすというものでした。今回はなかなか進まずとても苦しい思いをしました。分娩中吐いたりもしましたが無事分娩終了。 面会もしました。18週 16cm 100g 性別女の子でした 染色体の検査をするために絨毛検査をしました。 ■サポート 今回も主人には助けてもらいました。 看護婦さんたちにも助けられました。 ■心の流れ 人工死産という選択については家族、周りにはあえて言いませんでした。言葉から受けるイメージが私も含めあまりいいものではないからです。子供を守る為自分たちを守る為と思っています。命を失う悲しさと同時に責められたくない、説明したくないと思ったからです。 事実子供の命を人工的手段で短くしたわけですが、子供は見守ってくれると思います。それより妊娠の喜びを感じることができたこと、新しい命に出会えた喜びを感じて子供を忘れずにいたいと思っています。子供がいない私たち夫婦にとっては、この選択が次回の妊娠を考えた上での選択だったことも付け加えておきます。 ■その他 同じように悩まれる方がいると思いますが、これは夫婦間でいいと選択したことがベストだと思っています。夫婦の下に命が授かったのですから。 |