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高槻さん    14週6日     子宮内物除去(そうは手術)  04/12/08

原因は不明 先生が言うには感染症で子宮口が開いたんでしょうとの事


 第三子と12月1日に進行流産でお別れしました。
おかしいと思ったのは11が29日の夜寝るときでした・なんだかおなかが定期的に張っておかしい・・・・
そう思いながらも「何度も病院に行ってるし、大丈夫って言われてるから・・・・」とそのまま寝ました。
その次の日、なんだか起きてからも調子がおかしい・・・
腰と足がなんだか痛い・・・・そしておなかも痛い気がする・・・明らかにいつもとは違いました。
それでも、休んでいる人が多いから・・・と出勤。
そしてあまりにもおかしいと思いトイレに行ったら出血・・・・係長に言って病院に行ったら「出血は問題ありませんが仕事を休んでください」と、一週間の安静を言い渡されました。そして、会社のそれを報告、実家に帰りずっと横になっていたのでこれで安心だと思っていたら、夜10時頃からまたお腹の張りが戻ってきました。
それでも「薬も飲んだし・・・・」と、治まるまで横になっていました。でも、張りは変わらず2.3分おきにやってくる。しかもその度にお腹と腰とおしりが痛い(陣痛と同じ痛みでした)でも4ヶ月で陣痛が来るとは夢にも思わなかったので我慢して我慢して・・・
「これはおかしい!!」と思って電話したのが12時過ぎでした。「カルテを取りに行かなきゃいけないのでもう一度こちらから連絡する」といわれたのでそのまま電話を待ち、そして病院から連絡。「入院の準備をしてきてください」といわれたのですが、何も準備していなかったので母を起こしてそのまま病院へ連れて行ってもらいました。

そこで出産があっていたのか数分待って助産婦さんの姿が見えたので、部屋に連れて行ってもらい横になるように言われました。「この時期の痛みは安静にするしかないんですよ」と母に言っていました。看護婦さんも陣痛がきてるなんて思ってもいなかったでしょう。
しかし、その間にも襲ってくる腹痛と腰の痛みは激しくなっていき、じょろっと何かが出てきたのを感じました。少量の出血でした。(この時に母には帰ってもらいましたこんなことになるとは思わなかったから)
しかしそのあとから次から次へと流れ出てきて・・・・「どうなるのどうなるの・・・・」とそればかりが頭に浮かんでいました。そして先生がやってきて内診。その時はやっと先生の顔が見れて安心したのと「これで何とかなるかも・・・・」と言う私のほんのわずかな期待がありました。その時の内診はいつもと違ってとても痛くて呻いていました。そして先生が「あかちゃんが降りてきている」その一言で「ああ・・・もうだめなんだ・・・・」って頭の片隅でそんなことを思っていました。それでも「何とかしてくれるのかも・・・・」と言う期待も持っていたのも確かです。
「緊急手術室へ」と言う先生の言葉とともに看護婦さんの動きがあわただしくなって、私は痛みをこらえながらの移動。バタバタしている看護婦さんを見ながら再び「どうなるの・・・どうなるの・・・・」と頭の中でそればかりがぐるぐる回っていました。陣痛と子供が降りてきているショックで「子供はどうなるんですか」ときくことさえも出来ませんでした。

そして手術台に乗せられ「子供が降りてきているからね」という先生の言葉の後に手術開始。膣に何か器具を入れられたのかものすごく痛くて「痛い痛い」と泣きながら呻いていました。その時はもう赤ちゃんのことも考えられなくて、胎内を掻き出されるような感覚がはっきりわかり「もう嫌だ・・・早く終わって」とそればかり思っていたような気がします。
今思うと中絶手術と同じなんでしょうね・・・・・
そして手術が終わった時、「流産されました」っていう先生の言葉がずっと頭の中でぐるぐる回って・・・・「流産しちゃったんだ・・・・」って悲しくなって涙が出てきました。
そして点滴を打ってもらいしばらくして病室へ。「少し寝ていいよ」って言われましたがしばらく寝れませんでした。朝方の4時くらいまで起きていた記憶はあります。その間も声を押し殺してずっと泣いていました。
そしてその日の朝は絶食してもう一度子宮の中を綺麗にする処置をして、次の日に退院しました。


■心の流れ
入院している時も退院してからも、一人になった時はずっと泣いていました。最初は「仕事をしすぎたから・・・あの時土日と続けて出かけたから・・・・陣痛に気付かなかったから・・・・」と自分を責めてばかりで、小さな骨壷に収められたわが子を抱き締めながら「ごめんねごめんね」と泣いていました。
でも、一人ぼっちだと押しつぶされそうで、いろんな人にメールしたり、退院したばかりで何をしているんだと思われてしまいそうですが、ネットで仲良くなった人(結婚も妊娠もしていませんが)チャットで話してパワー貰ったり(コメントしづらい話だったけどきちんと対応してくれました。本当に感謝です)。そして、こういった流産を経験した人のHPを見たりしてずいぶんと気持ちが軽くなってきました。でも、今でもちょっとしたことで泣いてしまったりします。(今日は保育園に連れて行ったとき他の子供達が「どうして赤ちゃん連れてこなかったの」と聞かれてしまい言葉につまりました・・・)
やっぱりちゃんと生んであげたかったし顔も見たかった。抱っこしてあげたかったしおっぱいもあげたかった・・・そう言う思いはこれから一生消えないと思うけど、それを抱えながら生きていこうと思います。


■その他
病室では主人が私の手を握って何度も「ごめんなごめんな・・・」と言っていました。4歳の娘が「私と弟がママのいう事聞かなかったから赤ちゃん死んじゃった・・・・ごめんなさい」と何度も言ったのが今でも胸が苦しくなります。
今では本当にこんなことがあったのか・・・というほど以前と同じように普通に対応してくれています。
そして、お空に帰った赤ちゃんのことを名前で呼んでくれて家族の一員としてみてくれています。



あきぞうさん    14週    全身麻酔・分娩                03/10/16


原因は不明。全身麻酔で、胎児を取り出しました。

少量の出血があり下腹部に張りを感じました。(実際には、便秘で張っているのかと思ってました。)
少量の出血が3・4日間続きすぐ止まると思って病院に行かなかったのですが、4日過ぎても止まる気配がなかったので、さすがに心配になり土曜日に診療を受けました。
診療をうけたところ、張り止めの薬をもらい「トイレに行く以外動かないように」と言われました。ところが、張り止め薬を飲んで1日もたっても出血が止まらず火曜日に再度病院にいきました。寝ていた時に、便秘による腹痛だと思っていたものがその前兆だったのだとあとから気が付きました。
さて、火曜日に診療をうけたところ即入院で、(火曜日の12時ごろ)即入院とはいわれても、流産するという意識はまったくありませんでした。(楽天的すぎ…。)ベットに横になり3・4時間すぎたころ(火曜日の3時すぎ)から段段と痛みが増してきて、看護婦さんに痛みを訴えたところ張り止めの点滴をされました。それでも痛みは治まらず激痛といえるほどの痛みになりました。看護婦さんに赤ちゃんの心音を聞かせてもらいましたが、その頃は確かに赤ちゃんはお腹の中で生きていました。
そのうちに、痛みの間隔がきっちり5分くらいになったのを覚えています。「これって陣痛に似てる?」とおもい血の気が引きました。出血はさらに増えてきます。夜9時ごろ先生に超音波で赤ちゃんの様子を見てもらったところ、出血がかなりあり、しかも赤ちゃんの頭が出る直前の所まできていたのです。その時点で、「もう赤ちゃんを抑えられない」と先生に言われ「何とかなりませんか?」と現実を受け入れられませんでした。
その夜は、なにがあってもいいようにと分娩室の隣りのベットに移されました。近くには出産前の妊婦さんもいて、あまり声がもれないように頑張りました。その後は、普通の出産(まだ実際の出産はしたことはありませんが)と同じだったと思います。本当に激痛との戦いでした。激痛のなかでも「赤ちゃん出ないで」という思いでいっぱいでした。痛くて何回も看護婦さんを呼びまし
た。つらくてつらくて泣きつづけました。そして、火曜日の夜中2時過ぎに処置室に移されました。
分娩室の中を通っていったので、(分娩室を通らないと処置室にいけない)他の妊婦さんが分娩台にいました。
これから生まれる命と、お腹の中ではかなく終わってしまう命のあまりにも激しい差がまた深い悲しみになりました。処置室に移されてからは、全身麻酔であっというまに眠りにおち処置が終わりました。本当に激しい一日でした。全身が虚脱感でいっぱいでした。あれから半年経つのでもう落ち着きましたが、当時はまさか自分がそうなるとは思っていなかったので本当にびっく
りというか言葉に表せないくらいショックでした。これが、私の流産の体験です。つらいの一言でした

■サポート
母が最後の診療を受けた日に付き添ってくれたので、入院の準備などは母にしてもらいました。(寝巻き・ハブラシの準備など)
旦那は、2日ほど会社を休んでずっと近くにいてくれました。一人では、とてもあの状況は耐え切れなかったこととおもいます。旦那のご両親や私の母が退院した日から何日か来てくれて、家の中のことをやってくれました。(食事を作ってくれたり)
ああ、家族ってありがたいな、暖かいなとあらためて感じました。

■その後体調
1ヶ月半ほどして、生理がきましたがほそぼそと2週間で続けました。このまま止まらないんじゃないかと思って病院に行ったところピルを服用するようにいわれました。
先生の説明はこうでした。(たぶん…)10日間ピルを飲みつづけ、強制的に生理をとめます。その後に、普通の生理がきました。2回目の生理はまたしばらくこなかったのですが1ヵ月半すぎごろに普通の生理がきました。基礎体温はがたがたです。先生によるとホルモンバランスが崩れているとのことでした。
そのあと、周期はばらばらでしたがちゃんと1ヶ月ごとにきました。普通にもどったのは3ヶ月すぎたころでしょうか。ただ以前と周期が変わったようなきがします。

■心の流れ
現実を受け入れ、立ち直るまでにしばらく時間がかかりました。まず、自分を責めました。通勤の電車がいけなかったのか、前日に歩きすぎてしまったのでいけないのかなど。しかし、原因を考えて自分を責めてばかりいても前に進むことはできないと思い始めました。旦那と一緒に泣いて、悲しみを乗り越えることができました。旦那がいなかったら乗り越えられなかったかも…。悲しみを共有する人がいたからこそ乗り越えられたのだと思います。
旦那を始めとして周りの人の励ましにも支えられました。中には、悪気はないのかもしれないけれども傷つくことをいわれたりしました。「なんでだめだったの?」「期待してたのに」ということばは、何てことない言葉だけれどもつらかったですね。なんでだめだったのかなんてこっちが聞きたいよ!という感じでした。
妊婦さんや子供服などはみれません。社内の妊婦さんさえさけて通る感じでした。今では、周りの友達が妊娠するとおめでとう!とこころから喜んでいえます。これを通して赤ちゃんからいろいろなことを学んだような気がします。悲しんだりつらかったことはきっと自分のためになっているはず。実際に、ひとまわり自分が大きくなったような気がします。体格もよくなりましたが…。人の命の大切さ、人とのつながり、自分だけでは生きていないんだなということ。沢山学びました。
最近よく、子供置き去りや育児ノイローゼで子供を亡くしているケースが多いのが目に付きいやになります。なぜ、命を与えられたのに簡単に消し去ることができるのか。憤りさえ感じます。かなりの確率で流産があること、流産した後知りました。私の他にももっともっと悲しい思いをしている方がきっといるはず。私だけではないんだ。という思いを抱いて自分自身を励ましたこともあります。そして、次生まれてくる赤ちゃんをこの子の分も愛してあげようと思っています。

■こんなサポートあったらな
病院の先生がとてもいい先生でよかったと思います。
生理不順の件で病院に行ったときも、「いつまでも泣いていてはまわりの人に心配かけてしまうよ」「誰のせいでもないので、自分を責めてはいけないよ」と優しく励まされました。ただ先生はよかったのですが、病院が狭いこともありまわりが妊婦さんだらけで涙をおさえるのが大変で、別の待合室があったらいいなと思いました。

■その他
胸がかなり張り、母乳がで続けました。病院に行って1週間分?薬をもらいましたが足りなくて再度もらいに行きました。この他にも、何種類(3種類くらい)か薬をもらったのを今思い出しました。子宮の収縮剤?ホルモン剤?胸の張り止めなど。流産をして、悲しい思いをしている方が沢山いることとおもいます。しかし、自分を責めずに前向きにふんばって下さい。いつか悲しみの出口が見えてくることと思います。そして、流れてしまった子は忘れずにいつまでも大切にしたいと思います。

ママちゃんさん   14週3日    子宮内物除去(そうは手術)         03/9/13


夜の8時頃からお腹がチクチク痛くなったのですが、昼間とうもろこしを食べ過ぎたのでそのせいかな?ッて思いそのまま寝てしまいました。夜中の12時半頃お腹の痛みがひどくなってトイレに行ったら血の固まりが・・・。かかりつけの病院に連絡してすぐ行きました。病院に行く途中も3分おきくらいにお腹が痛くなり(あとで聞いたら陣痛だったらしい)とてもつらかった。
その日はあいにく交通事故が多くなかなか順番が呼ばれず40分くらい待たされた。やっと呼ばれ診察台に乗ったとたん「パシャ!」っと破水してしまいそのあと何かが「ズルッ」っと出てきた。先生が「あっ、赤ちゃんが出ちゃった・・・」っと言いました。涙が次から次とこみ上げてきて頭の中が真っ白になってしまいました。その後は胎盤がまだ中に残ってるのでキレイにする手術を受けました。手術が終わり病室に着いたとたん吐いてしまい苦しかった・・・。カラッポになったお腹をさすりながら泣きながらそのまま眠りについてしまいました。原因はわかりませでした。
かかりつけの病院は大学病院並みの大きな病院で先生も必ずいるのに40分も待たされた・・・。私の勝手な考えだけど、その40分の間に診察してくれたらこんなことにならなかったんじゃないかって思う・・・。

■心の流れ
火葬をしてお墓に納骨したのですがまだまだ気持ちの切り替えが出来ません・・・。
旦那が仕事を休んで食事の支度や洗濯、犬の散歩(5匹)など色々やってくれたのでとても嬉しかったです。ありがとう