5ヶ月検診
今日は助産婦外来があるのですごく楽しみにしていた
助産婦さんは優しい人でこれなら不安を聞いてもらえると思もった
初めてドップラーによる心音確認
が・・・時間がかかっている
「あれ?赤ちゃんが結構動き回る時期だから、探すのが・・」
婦長さんらしい人に変わったが同じく・・
「先生に診てもらうから、お腹も脂肪がついてきてるから聞きにくいかもね」
とのこと、私の頭は考える能力が停止
先生がすぐに駆けつけてくれた
「お腹痛いとかなかった?内診台で見てみるから」
内診では特に言葉はなかった
とっても不安だった
「先生の話があるから」
助産師さんからの一声があり診察室へ
先生の話によると、私の赤ちゃんは心臓が動いていないらしい
原因は不明
多分2週間ぐらい前から育っていないとのこと
明日すぐ入院
説明は受けたが上の空
助産婦さんは私より涙を浮かべている
「旦那さんに連絡してあげようか?自分を責めないでね」
手をぎゅっと握られた。崩れそうだったが、
「はい、大丈夫です」
と助産婦さんを気にして返事をしている自分がいる
結構強いもんだ
でもなんだか実感がない
「早く帰らなきゃ・・・」
頭の中はそればっかりだった
病院で泣きそうになる自分を必死でおさえた
家に帰り、一人になると緊張がなくなり泣けてきた
声をだして泣いた
落ち着いたころに主人に連絡を取り、入院の準備をした
なぜか一度泣いたきりで後はテキパキと動けた。
家の人には「もう大丈夫です」と言う自分がいた
実家の母にも連絡をした・・・母は涙声だった
今すぐ行くからというのを断った
そばにいてほしいけどやっぱり遠いし、泊る場所もない・・・心配をかけたくなかった
自分のことよりこの事実を知って悲しんでいる人をなぜか必要以上に心配した
私は大丈夫だから・・・ と
入院(1日目)
その日、家での夜はやっぱりだめだった
涙が止まらない 主人も悲しんでいるが私をサポートしてくれた
赤ちゃんを守ってやれなかった自分
SOSにきずかなかった自分
期待していた両親へごめんなさいの気持ち・・
なかなか寝れなかった
翌日は、旦那も仕事を休み一緒に病院へ行った
朝一番の診察で検査を済ませ、主人とともに超音波で赤ちゃんを見た
いつもの検診とは違い、機械をお腹に押し当てる力が強かった
赤ちゃんが死んでしまった現実を突きつけられる
そのため赤ちゃんはいつもよりはっきり確認できた
大きさや、頭、足、一つ一つ説明を受ける
「超音波では原因は分かりませんね 大きさから3週間前から成長が止まっていると思われます
処置は・・・」
私は先生の説明が頭に入っていかなかった
主人が代わりに聞いていてくれている
処置法はこんな内容らしい
誘導分娩で乾燥した棒(ラミナリア)を子宮口に入れる
↓
水分で棒が膨らみ子宮口が開く
↓
棒の本数を増やしていき目標まで子宮口が開いたら陣痛促進剤で陣痛を起こしていく
という方法
始めにラミナリアを入れた
結構痛かったので果たして耐えられるか・・・不安になる
助産婦さんに病院を案内してもらう
建て替えたばっかりなのでとってもきれいな病院
個人病院で全室個室
私みたいな場合、個室はありがたい
「こんにちは、気分が暗くなるから電気つけようね
こればっかりは仕方がないから頑張って行こうね」
担当の新しい助産師さんが挨拶に来た この一言で切り替えができた
そう仕方がなかったんだ・・・
自分を責めていた私の心に少し余裕が持てた
きちんと赤ちゃんを産もう!!
お昼を食べ4時に一回目の陣痛剤を投与
「生理痛より痛くなったら呼んでね」
10分おきに陣痛が始まった。まだ大丈夫
4分おきに陣痛・・・まだ大丈夫
就寝時間・・主人はずっとついていてくれる
2分おきに陣痛・・・赤ちゃんはもっと苦しかったんだ
我慢・我慢・これくらいの痛みは我慢しなくちゃ
ちょと違和感がありトイレにいく 何かが落ちてきた
初めてのナースコールをした
夜11時
「棒(ラミナリア)が落ちてきたんだね 強い陣痛がきたら呼んでね」
その後何度か痛かったが、どのくらいの痛みか分からず我慢
そのうち陣痛はさってしまった
入院(2日目)
きのうラミナリア(棒)が取れてしまったので子宮口が閉じてしまった
また同じことの繰り返し
2度目の誘発剤投与
昨日より痛い陣痛
でもなかなかタイミングが分からずひたすら我慢
主人がその間ずっと腰をさすってくれる
うまくいかず、夕方3度目の誘発剤投与
かなりつらい
陣痛の合間にトイレに行った
棒(ラミナリア)が落ちた 急いでナースコール
お医者さんと助産師さんが来てくれた
すぐにLRD室に移動 ついてすぐに破水した
「いきんで、そう上手 頑張って 」
看護師さんはずっと手を握ってくれた
もう痛くって体をどこにおいていいか分からなかった
先生の励ましにがんばっていきんだ
暖かいものが流れ出た・・・・
赤ちゃんが出てきた
先生は赤ちゃんを調べてくれている
産声のない私の赤ちゃん
「よく頑張ったね 私にはできないなー」
助産婦さんが私の頭をなでてくれた
よかった・・・ きちんと産んであげれた
お医者さんは赤ちゃんを見てくれている
「へその緒が細く血液が行ってなかったようです 赤ちゃんに会ってみる?」
私は首を振った
主人が説明を詳しく聞いてくれている
対面もしてくれた
「泣くことが供養になるから、うんと泣いていいんだよ
出産が思ったよりスムーズできっと赤ちゃんがママを早く楽にしてくれたんだよ」
と助産師さん
最後の処置で胎盤をはがす時が一番痛かった
張り詰めた緊張がとけていたからかもしれない
LRD室なので回復を同じ部屋で行った
主人と主人のお母さんがきてくれた
病室に戻り、主人もちょっと帰宅
一人になったときうんと泣いた
終わったんだ・・
お腹がぺちゃんこになっていた
少しはお腹膨らんでたんだね・・・ごめんねそしてありがとう赤ちゃん
性別は分からなかった
入院(3日目)〜退院
今日は赤ちゃんとお花・お菓子・人形を入れ火葬する お別れの日
病院まで業者さんが迎えにきてくれる 病院から見送った
なんともいえない悲しみだった
産後2日間を病院で過ごし5日目に退院した
そのころには少量の出血だけでいたって元気だった
そんな健康な自分が嫌いだった
助産婦さんは
「意味のないようだけど、とっても意味のあることなんだよ
4週間赤ちゃんに幸せな気分もらったでしょ 後は次のこと考えていこうね」
と言って励ましてくれた
この言葉で私の気持ちも落ち着いた
本当にこの助産婦さんにはお世話になった
母乳止めの薬と子宮収縮の薬をもらって家に帰った
妙におっぱいが敏感になっていた。母乳止めか・・
その後
お腹がへこんで帰ってきた我が家は何か違かった
友達から借りたマタニティーウェアー、戌の日の準備のさらし
そう、もう赤ちゃんはいないのだ
できるだけ安静に寝て暮らす日々は、考える時間がたっぷりあった
この時間は赤ちゃんと向き合う時間なんだ
お腹にいる間もっときちんと向き合いたかった
自分の中で流産をきちんと認識する時間だった
じっとしているのがつらく安静なのに動いてしまうと、やはり腹痛が起き出血がでてしまった
出血も多く血の塊が出たので退院3日後に検診日を待たずに再び病院に行った
まだ内容物が少し残っているようで子宮収縮剤をもらう
私は出血が退院から10日ぐらいで治まった(分娩後から16日かな?)
次の検診で子宮はきれいになったみたいだった
これでもう検診は終わり 病院は行かなくていいみたい
ちょっと取り残された気分・・・不安だな
これからは自分でしっかりしなければいけないんだ
そして友達への連絡が残っている
これがまた自分でもビックリ!平気で電話ができた
「久しぶりー!元気だけど流産しちゃったんだ もうすっかりよくなって
うん、大丈夫また次ぎ頑張るから」
とっても元気に、落ち込んでいない声で
心配しないで・・・悲しんでいる自分を見せてはいけないと
体のほうは退院後2週間には出血もとまり一ヶ月には普通に生理がきた
(量はビックリするくらい多かったけど)
体も無理に動かした
テニスに散歩、何かを忘れようと
私は楽しいんだ・・・私は元気なんだ・・・私を心配しないでと
心と体のバランス
2ヵ月後(生理が順調に2回くれば)からの妊娠はもう大丈夫です
この言葉で妊娠にとっても執着していた
子供がほしい・・・でも2度と同じ苦しみを赤ちゃんに味合わせたくない
私はとにかく本を読んだ
その中で同じ経験の人の体験談を読むことが多くなった
死産という私よりもっとつらい思いをしている方もいた、不妊治療で苦しんでいる方たちもいる
そしてきちんと事実に向き合って頑張っている
乗り越えた方もいる
果たして自分はどうであろうか
“世間体を考えて作った自分”ですべてを考えていなかっただろうか
悲しみを避けて前に進もうとしていないか
もう一度考えよう
そう気づくまでずいぶんかかった
そして2ヶ月過ぎようとしている今、流産の悲しみにきちんと自分なりにぶつかってみようとしている
形見の品
私は赤ちゃんに感謝しなければならない
16週まで生きてくれた事に
母子手帳もあるし写真もある
ミッフィーの缶箱を買ってあなたの形を残せる事が出来た
何にもしてあげられなかったという思いが、今はこの箱を通して赤ちゃんとのやり取りになっている
お人形を作ってあげたりかわいいシールを買ってみたり。本当ありがとう
ネットを通じて
HPを作る事である程度の時間を消費できる
そして、自分自身、また同じ体験をしている方に
少しでも手助けになれればいいなと思う気持ちで
毎日、少しずついろんな方向に気持ちが向くようになってきた
またネットなどで、いろんな人の体験などに触れられる事ができる
PCは私にとってかなり重要なものになっている気がする
HP立ち上げ協力・応援してくれている旦那にも感謝している
悲しみを経験すると、同じ悲しみの人に手助けをしたくなる
自分が助けられたように
なんだか不思議