鴛鴦歌合戦

なんとまあ目出たいというかなんと言うか、知る人ぞ知る戦前のオペレッタ時代劇奇跡の大傑作『鴛鴦歌合戦』がついにDVD化されたということで、この映画をこよなく愛するわたくしとしてはついamazonで決済ボタンをポチッとやってしまった次第です。


オペレッタというのは、ミュージカルよりももっとライトな、通俗的な音楽劇を指すのだそうですが、それと時代劇という取り合わせ、しかも制作年代は太平洋戦争がまさにこれから始まらんとしている1939年(昭和14年)でして、これらの要素が合体すると一体いかなる化学変化が起こるのか…ともすれば煮しめにパフェをぶちこんだような地獄のカオスが発生しないとも限りませんが、そこはそれこの映画、66年の歳月を経て伊達にコレクターズ・エディションが出る訳ではない。時代劇、音楽、役者、当時の撮影システム、そのすべてが魔法のように作用しあって二度と再現不可能な奇跡の面白さを生み出したのであります。



DVDのパッケージ
愛があふれてます


主演の片岡千恵蔵を軸に、恋の鞘当てを繰り広げる三人の娘。これに骨董狂いの志村喬(!)、まるでこの役を演るために生まれてきたかのように素晴らしいディック・ミネのバカ殿、その他大勢がからむという構成で、まあ話は他愛もないと言えばないのかも知れません。しかし次から次へと溢れんばかりに流れてくる歌の数々はどうだ!曲よし!歌詞よし!調子よし!しかも音楽は基本的にノリのよいスウィングジャズ。歌が物語を紡ぎ、物語が歌を生み出すというミュージカルの醍醐味を、この時代の日本映画が体現していたというだけでも驚きですよ。


がしかし…と思う人もいるかも知れません。凄い凄いと言っても単にそれは歴史的価値だけなのではないかと。この時代にこの形式のオペレッタが成立していたこと自体が凄いのであって、中身はこんにちの目で観ると古くさくて鑑賞に耐えないのではないのかと。


否!繰り返し言う。否ッ!この映画が真に素晴らしいのは制作から66年が立った現在でも直球で面白いからであります。テンポの良さ、ラブリーな雰囲気、粋な音楽と歌詞、あまりにも可愛い娘たち、炸裂する登場人物の善人っぷり、絶妙かつファジーな間で繰り出されるギャグ、どれをとっても古くささを忘れる仕上がりで、それらが織りなす圧倒的な幸福感は他に並ぶものがありません。強いて言えば一番近いと思われるのが『ムトゥ 踊るマハラジャ』で、あちらが濃厚なカレー味ならこちらは上品な昆布ダシというか、まあくどさに差はありますが観終わったあとの多幸感は共通するものがあります。


この映画を語る上で欠かせないのが、まず志村喬の娘を演じる市川春代。当時の映画界ではアイドルだった方だそうですがこれがまあヌケヌケと可愛い。舌ったらずなしゃべり方と、恋人の片岡千恵蔵に対するツンデレ具合は60年の時空を超えて嫁に欲しい。もちろん歌も歌いますが元祖アイドルの称号にふさわしく歌唱力はスリリングの極み。しかしその歌の素人っぽさが逆に炸裂する可愛さを生み出しております。



「ちえっ」
春代ちゃんのスネっぷりがたまりません


その春代ちゃんに横恋慕するのがディック・ミネ演じるところのバカ殿。この人の面白さがこの映画のミソで、持ち歌の歌詞を並べてみるだけでも凄い。

♪僕は若いとのさま〜 家来ども よろこべ〜

とか

♪僕はおしゃれなとのさま〜 君は若いむすめ〜


こういう歌詞の陽気な歌を朗々と歌いながら登場する時のおかしさは筆舌に尽くしがたいものがあります。また家来に向かって「うむ!偉いっ!偉いぞっ!」と叫んだあとおもむろに立ち上がって

♪偉いぞ〜 偉いぞ〜

とスウィングし始めるあたりの呼吸も絶妙。町の娘や春代ちゃんを見つめてデレデレしているときのバカ面も素晴らしい。この殿の家来も家来で、殿が歌う時には必ず後ろにいてリズムに合わせて揺れながらバックコーラスや合いの手を入れ、果ては和楽器でジャムセッションまで始める始末。面構えも殿に劣らぬアホ面揃いで素晴らしい。



ディック・ミネと服部富子の現役(当時)歌手コンビ
ミネのバカ殿っぷりはまさに古今無双


監督のマキノ正博(当時)は日本映画の黄金期を支えた名監督ですが、同時に早撮りの名人でもあった人で、この映画も片岡千恵蔵のスケジュールの都合でなんと7日間で制作、千恵蔵の出演シーンに至ってはたった2時間で撮り終わったといいますから驚きです。劇中、志村喬が明らかにセットの出口を間違えているような箇所も、アドリブで間が持ったのをいいことにヌケヌケと使用していたり、全体的に隠しようのないヤッツケ仕事感が漂いますが、それが結果オーライで見事ホールインワン級の面白さになってますから侮れない。まあ結果オーライとはいえ、潜在的な力がなければ一打目をグリーンに乗せることも出来ない訳で、決してこの出来はマグレではないのですけど、この映画については様々な要素が共鳴し合って実力以上に面白さが爆発した、と言ってよいでしょう。


戦前、ちょんまげ、オペレッタということで敷居を高く感じるかもしれませんが、フィナーレでは顔面が大いにほころぶこと請け合いの大傑作なのでぜひ頑張って挑戦していただきたい。DVDは日本語字幕がついてて、音声が聞き取りづらい箇所もちゃんとフォローされてるのでオススメです。


(2006年01月05日)
鴛鴦歌合戦
1939年 日本
監督:マキノ正博(当時)
出演:片岡千恵蔵 市川春代 志村喬 ディック・ミネ