犬神家の一族

えー会社員ならフトコロに小金がはいるこの時期、わたくしもキエエッとばかりにビバ散財の心意気。その一環としてアマゾンにてDVDボックス「金田一耕助の事件匣」を購入。ボックスアートの極太明朝体を見つめてウットリほくそ笑む今日この頃です。


というわけで先にリリースされていた『犬神家の一族』をふくめると市川崑×石坂浩二の金田一シリーズがすべて手元にそろったわけで、せっかくですし(何がだ)金田一レビュー5連発、いってみましょう。


えーまず角川映画第一弾として制作されたシリーズ一作目『犬神家の一族』。この映画、公開当時は記録的な大ヒットを飛ばして、文庫本とも併せて世間に横溝正史ブームを巻き起こした言うならば起爆剤、揺れるトラックの上のニトロ的作品であります。70年代中盤から再評価が始まり、ブームが盛り上がりつつあった横溝正史に角川書店が眼を付け、書籍、音楽、映画の3方向から攻めるメディアミックス戦略で大々的に展開してみたらば鍋の底が抜けたような大ヒット。この勢いで以後3年ほどの間に計5作が作られる大人気シリーズになってしまいました。ことにこの『犬神家』は日本の映画界に風穴あけてやるぜという角川春樹の意気込みが様々な面に見受けられて、当時の雰囲気も「これまでにない新しい日本映画が登場!」というようなもてはやされ方だったように記憶しております。


まあヒットの要因としては、文芸大作もかくやと思われる豪華キャストに豪華スタッフ、流麗なテーマ曲(名曲です)、横溝人気&石坂人気など色々あると思われますけど、やはり最大の要因としては徹底した猟奇趣味ではないか、と思う訳です。当時はミステリーの世界では松本清張を始めとする社会派が幅を効かせており、現代社会に生きる人間の犯罪をリアリズム重視で描くものが圧倒的多数だったわけで、横溝正史のような猟奇、因習、土俗、幻想、ケレン味が持ち味のオドロオドロしいミステリーはすでに忘れられた過去の遺物という状態でした。原作の「犬神家の一族」はこの映画の数年前に一度テレビドラマ化されていますが、その際は舞台を現代に移し替えて「蒼いけものたち」というタイトルにされ、一見社会派サスペンスにも思える見た目を装わなくてはならなかったほど、当時のミステリー界は社会派一色という有様だったのですね。


その、社会派のコンクリート色とアスファルト色に染め尽くされた当時のミステリー映画に、いきなり生臭い血糊をド派手にブチまけたのがこの『犬神家の一族』だった訳です。しかもその内容というのがアレだ。菊人形と首をすげかえられた死体とか血まみれになったボートとか、湖底に沈んだ首なし死体とか、毒盛られたり首締められたりした人が必ず血ゲロを吐いたりとか等々、寒々しい色彩の画面にまるで花でも咲かさんばかりの毒々しさで迫ります。そして何と言っても白いゴム仮面の男、佐清(すけきよ)の不気味さと、その仮面の下の無惨に崩れた顔のグロテスクさ、そして湖面からナマ足を2本ニョッキリ突き出した状態で死んでいるというその日本映画史に残る珍死っぷり。


こうした猟奇性は全シリーズを振り返ってみても特に凶悪なものがあり、特にマスクド佐清の不気味っぷりとその死にっぷりのイカレ具合が相まって尋常ならざるインパクトを発揮。この映画のみならず、金田一シリーズをも象徴するアイコンになってしまいました。今の30代男のほとんどは学校のプールや風呂で佐清のポーズを熱演のあげく鼻から水を吸いこんでゲホゲホむせかえった経験がおありのはず。こうしたインパクトの強い猟奇味が社会派ミステリー全盛の当時にあっては新鮮なものに映ったのでしょう。それだけではなく、市川崑監督の陰影に富んだ画面造りと編集の小気味よさによるスタイリッシュな雰囲気や、また脇役陣による笑いを誘うシーンもあり、稀に見る充実したエンターテイメントとなっております。


まあこれ以上の内容については説明する必要もないでしょう。「旧家の古い因縁、因習から起こる悲劇」「死んだ人間の妄執が、その死後もなお悲劇を起こす」という真相は、そのままシリーズ全体に鳴り続ける通奏低音でもあります。


しかしこのシリーズ、監督がすべて市川崑なのが原因なのかどうか、シリーズを通して同じ顔ぶれが何度も出演し、あちこちでいい味を出しまくっているのがナイスです。というわけでシリーズ常連の皆様を定点ウォッチンしてみましょう。


・石坂浩二(金田一耕助)
まあ主役(というか狂言まわし)ですし。原作の横溝正史は「ちょっと男前すぎるんじゃないの」とあまりいい顔しなかったそうですが、映画の中では絶妙の二枚目半っぷりで好感度大。トレードマークの鳥の巣アタマはこのときは真っ茶色。服装はヨレヨレ。というとアレか。言いようによっちゃロン毛で茶髪のグランジ野郎といえなくもない。スズメの巣のような髪をかきまわしてフケがぱらぱらと机に散らばりそばにいる人が苦い顔、というシーンは毎度のお約束であります。


・加藤武(橘署長)
常にあさっての方向を向いた珍推理を連発。手をポンと打って「よしッ!判った!」とお決まりの台詞を発するだけで笑いがとれるというありがたいキャラ。その他、粉薬を口に含んだまま喋って口から白い粉を噴射、という定番パターンもすでにこの一作目で確立されております。シリーズ全作に地元警察の警部という設定で出演してますが、基本的に全員別人です。別人なのに顔も性格も口癖も同じということで、この人の場合警部を演じている、というよりも、金田一シリーズにおける警部の概念を演じている、といった方が近いかもしれません。


・草笛光子(犬神梅子)
最近では突然『シベ2』に出演して好事家を慄然とさせたりしてましたが、このシリーズにおいては脇のポジションで印象深い役ばかりを演じておられます。ある意味、シリーズの裏の顔といってもいいかも知れない。「一筋縄ではいかない怖いオバサン」を演じたら向かうところ敵なしで、この映画でも決して敵にまわしたくないオバサンキャラを迫力満点で演じているほか、過去の回想シーンではオサゲ頭に真っ白な白塗りメイクという「バーチャル娘時代」仕様で登場。同じメイクの高峰三枝子や三条美紀らがタバになって若い女工に折檻する回想シーンはどんなガキでも火がついたように泣き出す恐るべきシーンと言えます。


・小林昭二(犬神幸吉)
ある時はムラマツキャップ。ある時は立花藤兵衛。職業:おやっさん。昭和40年代の子供の心の父ちゃんともいうべきひとですが、ここでは小金にうるさそうな小心ムコ養子パパ。ヨメは前述の草笛光子。なんだか女郎蜘蛛のつがいを見ているようで泣けてきます。またはカマキリの夫婦。


・大滝秀治(大山神官)
日本が世界に誇るピンク顔じじいこと秀治。シリーズを通して、事件のバックストーリーを語る善意のオッサン、というポジションで登場。今回は人のよさそうな神主役を自然体(というか素)で好演。「こんなことがー今度の事件とー関係あるですか」という台詞を彼にしかできない独特の口調で発するシーンは何度観ても癒されます。


・坂口良子(那須ホテルの女中・はる)
シリーズの1、3、4作目に、好奇心いっぱいの庶民の娘、というポジションで登場。『犬神』では金田一が泊まる旅館の女中。いやあどうにも爆裂にかわいい。金田一に手料理を誉められてよろこび「何が一番おいしかった?」と尋ねるも、激烈にやる気のない声で「生卵」と返されてむくれるシーンは今なお語り草。その他、金田一の捜査に協力してウドンをおごってもらったりしますが、金田一がしつこく質問するので食べようにも食べられないというシーンも素晴らしくかわいい。つか嫁にほしい。


・三木のり平(柏屋の主人・久平)
出ました。桃屋のノリ。シリーズを通して割とどうでもいいと思いきやキーとなる役で出演されておられます。だいたいにおいてあまり繁盛してなさそうな店の道楽主人という趣き。今回はマッチ一本で燃え尽きそうなボロ旅籠の主人役をひょうひょうにも程がある風情で演じておられます。そしてのり平とセットで必ず出てくるのが古女房役の沼田カズ子。暗闇からヌッと出てきたりして扱いは物の怪のごとしですが、この人実は映画の結髪担当の人で本来は裏方さんであります。しかしそれにしてはたたずまいのふてぶてしさに味がありすぎ。いるよなあこんなオバちゃん。


というわけで次は名作の誉れ高い『悪魔の手鞠歌』です。


(2003年12月21日)
犬神家の一族
1976年 日本
監督:市川崑
出演:石坂浩二 高峰三枝子 島田陽子 あおい輝彦