えーという訳で正月は息継ぎというか束の間というか猫の額というかそんな感じの休息で、大掃除とか洗濯とか炊事とかしてたら一瞬で終わってしまいました。そんななか、録り貯めていた映画を消化消化!というわけでまず『本陣殺人事件』。
原作については改めて説明するまでもないでしょうが、横溝正史の出世作にして名探偵金田一耕助初登場の記念すべき一作。岡山県の旧家で起こった陰惨な密室殺人の謎!事件の鍵を握る三本指の男とは?
…というわけで、70年代後半の横溝正史ブームの先鞭となったこの作品、なんとATG製作です。ATGといえば日本アート・シアター・ギルドの正式名称の通り芸術性の高い前衛映画を世に送り出していた結社なわけで、そこが横溝正史を映画化したら一体どうなるのか…いろいろ想像できて興味はつきないところですが、実物は全くもって想像以上でも以下でもなかったという嬉しいのかガッカリなのかよくわからない哀愁の仕上がりになっていました。
まあATGですので主に映像美のほうは流石なものがある訳です。日本家屋の陰鬱なたたずまい、旧家の持つ重苦しい雰囲気、それらを冷徹かつ前衛的なタッチで描き出します。これはなかなかよろしい。タイトルバックから冒頭の葬列シーン、そして惨劇の晩の結婚式にいたるまでは、市川崑作品にはない、もっと洗練される前の、より土俗的な陰鬱さが味わえます。
物語は、舞台を戦前から70年代に移した他は原作をほぼ忠実にトレース。過不足なし。というか忠実過ぎて原作を読んだことのある人にとっては全く驚きがないのが厳しいですがまあそれはいいでしょう。気になる今回の金田一耕助は誰あろうなんとあの中尾彬!いやあ金田一にしては余りにも濃いと言うかコワモテというか、顔も声も味付けがクドめのこいくち金田一。そして舞台が70年代ですので金田一の服装もジーパンにジージャンというフーテン風味が炸裂。一歩間違えればタメゴローのような格好の中尾彬(しかも若い)がスパスパ事件を解決してゆく様には軽い時空のゆがみすら覚えます。
このヒッピー金田一がまるであらすじを読み上げるかのようなぞんざいさでバッサバッサと謎をあばき倒してゆくさまは、たいそう知的興奮に溢れているとは間違っても言えず、あの論理構築が鮮やかだった原作の魅力がこれで半減。肝心のトリックと謎解きも、がんばって手品を見せようとはしているものの観客席からはタネがぺろんと丸見えの状態というか、袖口からハトが顔を出しているのに気付いていないというか、とにかく驚くのに努力が要る状態で悲しいです。
それから陰鬱かつお耽美かつ前衛的なのはいいのですが、基本的に淡々としているのでケレン味が中尾彬の顔だけというわびしい状態になってしまったのも残念。このあたり、市川崑や野村芳太郎は娯楽映画としてのツボをしっかり押さえていたのだなあと今更ながら思いました。まあそのあたりをATGの映画に求める方が間違ってますが。
そんななか、特筆して置きたいのが女優陣の美しさ。水原ゆう紀(殺される花嫁)の清楚さと、高沢順子(知恵おくれの少女)の妖しさが非常に印象的。あと、磯川警部役は東野英心でした。あばれはっちゃくの父ちゃんがこんなところに…。黒めがねかけてたので最初は誰かわかりませんでしたよ。
原作の持つ推理小説としての興味は二の次にして、横溝正史の絵草紙的な世界と、山村の土俗的な雰囲気とを全面に押し出した作りは、これはこれで成功していると思いますが、やっぱり原作ファンからすれば下駄の鼻緒が片っぽ切れた状態なので不満を感じるのも確か。のちに古谷一行主演で制作されたTV版がこのへんの不満を解消してくれる傑作だったような気がするんですが、これってもう観られないのでしょうか。大昔に一度観たきりなのでもっかい観てみたいんですけども。
(2005年01月22日)