死亡の塔

ブルース・リーという人がなんで凄かったのか、という事を考えてみると、それは彼自身に不世出のスターとしての輝きがあったこと、武道家として非常に優れた人であったこと、そしてたった一本の映画(『燃えよドラゴン』)で世界中を熱狂させたこと、この3点に尽きますが、そのことを裏書きするひとつの証拠として、この人の死後大量のソックリさん映画が作られた、という事実があげられます。


例えばジェームズ・ディーンが死んだ後にソックリさんのジェームズ・ビーンが主演映画を撮ったとか、マリリン・モンローの死後にモリリン・マンローがモロ乳をさらしただとか、松田優作亡き後に松田憂昨がAVに出てたとかいう事例はとんと聞きませんが、そこへ行くとブルース・リーの死後に出てきたソックリさんの数は雨後のタケノコも枯らす勢い。ブルース・リとかブルース・リィとかドラゴン・リーとかおまえらいい加減にしろ!と怒るハシからブルース・ライなんてのが出てくるので頭をかかえます。1匹見つけたら30匹はいると思えドラゴン。これはもはやクンフー映画のジャンルを越えた「ブルース・リー映画」という新しいジャンルと呼ばざるを得まい、などと油断しているとブルース・リャンなんてのが出てくる。まあジャッキー・チェンという新たなクンフー映画のスーパースターが台頭してきたあたりからソックリさんは絶滅の一途を辿るわけですが、その過程でも本家ゴールデン・ハーベストがブルース・リーの未完成作をソックリさんを駆使して強引に完成させ、『死亡遊戯』としてヒットさせたりしてる訳であります。まだまだ富を生むぜブルース・リー商法!と言う訳で取れるとこからはトコトン取りなさいホッホッホ。と『死亡遊戯』の大ボスに妙に似ているレイモンド・チョウ(ゴールデン・ハーベスト社長)が命令したかどうかは定かではありませんが、そのゴールデン・ハーベストがイタチの最後ッ屁のように放ったソックリさん映画が本日のお題『死亡の塔』であります。言わば本家パチモン映画。オフィシャルな類似品。倒錯の極みです。


というわけで映画を観てみましょう。いきなりゴールデンハーベストのGマークから幕を開けます。このマークとジングルに燃えてしまうのは我々の世代の宿命とも言えますが、しかしこれから観ようとしているのはパチもんを代表するパチもん。油断は禁物です。そして画面に現れるありし日のブルース・リーのお姿にかぶる字幕"BRUCE LEE in..."。と思えばいきなり画面はどこかの馬の骨が木刀をぴんぴん振り回している映像に切り替わり、ドドーンと題字。

"Game Of Death II"(死亡遊戯2)

ちょっと待て続編だなんて聞いてねえぞ!と狼狽するわれわれをよそにブルース・リー本人の映像と馬の骨の映像がカットバックされます。いいですかもう詐欺は始まっているのです。油断してはなりません。


と気を引き締めているとソックリさんが別に出てきます。さっきの馬の骨はどうやらソックリさんではないらしく、その師匠にあたる人らしい。今日もフナムシ並に頭の悪そうな白人が勢いだけで道場破りを挑んできたのを軽くいなしています。ソックリさんのほうはと言えば俺だって昨日いきなり挑戦されて弱ったぜハハハ、と回想シーンでタイマン。この馬の骨とソックリさん、やはり本場香港の人だけあってやたら技のキレがいいです。パチもんにありがちな鈍くささがあまり無いのが意外。とはいえどうしても面構えにおけるドスの欠けっぷりは否めませんが、まあそんなシーンの端々にもスキあらば本物のブルース・リーの映像(主に『燃えよドラゴン』からの流用)がインサートされてるあたりに転んでもタダでは起きない香港魂を感じます。


続いてオレンジ色の粋な服を着た少林寺の高僧とソックリさんが語らう場面。ここは『燃えよドラゴン』の未発表シーンが流用されていてディープなファン垂涎の場面ですが、カットが切り替わるたびに高僧の服が黄色だったりオレンジ色だったりするので油断はできません。ここでソックリさんの演じる役名がビリー・ローであることが明かされます。ってことはつまり『死亡遊戯』の主人公であるビリー・ローと同一人物?やはり真っ当な続編なのか?と一瞬思いかけますが油断するなっつったろうがバカー!ビシッ!(張り手の音)


この高僧との会話のシーンでビリー・ローの子供時代のヤンチャぶりが回想されます。その映像はブルース・リー本人が子役〜青年時代に出ていた映画の映像。字幕にもちゃんと"BRUCE LEE at age 6"(6才のときのブルース・リー)と出てきますが、観ている方としてはこの映像はビリー・ローの子供時代なのかブルース・リーのお宝映像なのかゴッチャになって苦悩の極地です。さらには"15才のブルース・リー"までも出現。確かにファンにとっては貴重な映像ですが、それ以外の観客を全く放置しているあたりはさすがお香港。素敵です。惚れます。


で、このビリー・ローが、突然死んでしまった馬の骨オヤジの死の真相を探るべく、その娘を探してなぜか東京は銀座へ。これは男塾の松尾風に言う所の「なんかまた猛烈に悪い予感がしてきたのう」ですが、この必ず当たる予感の通りに銀座は大変なことになっていました。ムード歌謡(おそらく無断使用)をバックに銀座の街を闊歩するビリー・ロー!寿司屋の前をウロウロするビリー・ロー!寅さんの看板の前をキョロキョロするビリー・ロー!そして行きずりのクラブに足を踏み入れるビリー・ロー!クラブではいきなりバニーガールが「ヨーコソ」と怪しすぎる日本語でオジギです。目指す馬の骨の娘はこのクラブで歌手として生活していたのでした。早速楽屋に侵入し、山口百恵のポスターの前で娘に父の死を知らせるビリー・ロー。娘は父の死の直前に謎のフィルムを受け取っていたとの由。と、丁度いい所へ目出し帽の暴漢が現れて襲い掛かってきます。


この暴漢を蹴散らして表に逃げるビリー・ロー。するとロケだったはずの銀座の街が急にセットに変化。そして悪漢が徒党を組んで青龍刀を手に襲い掛かってくるのですが、バックの町並みがどう観ても中華風なのに看板が「うなき定食」だったりするので視線はそちらに釘付けです。それはそれとして絶体絶命のピンチですが、ソックリさんがピンピンとよい動きで敵を撃退。構えもちゃんと中腰で斜に構えて肩を小刻みにゆするブルース・リー風味でけっこうそれっぽい感じ。かなり研究しているようではありますが、いかんせん顔をハッキリ画面に出せないので感情がイマイチこちらに伝わらず盛り上がりは塩のかかったナメクジの如しです。


そうこうしているうちに馬の骨の葬式が日本でとり行われます。これに出席したビリー・ロー。しかしそこへ謎のヘリコプターがやってきて馬の骨の棺を強奪しようとします。飛び去るヘリコプターにしがみついてこれを追い掛けるビリ−・ロー!しかしヘリコプターからピスッと放たれた矢が彼の首筋に命中。そのまま墜落して絶命してしまいます。ちょっと待て主役が死んじゃったよ。どうすんだこれ?と心配していると画面にはブルース・リーの実際の葬式の映像が。『死亡遊戯』でも使っていたある意味ギリギリの手法を臆面もなく繰り返すお香港の映画魂に私は深い感銘を受けると同時に「こいつらと戦争したら負けるかも知れない…」と思わず考え込んでしまったりしまわなかったり。


しかしここまででまだ映画は尺の半分です。主役死亡でこれからどうすんだ、と思っているといきなりビリー・ローの弟のボビー・ローが登場!しかもビリー・ローを演じていたソックリさんがそのままの顔と髪型で「兄さんのカタキを!」とか言い始めやがるのでこの熱い香港スピリッツにはもはや白旗を振るしかありません。ちなみに80年の日本での劇場公開時(したんですよこれが)には、劇場に駆け付けたブルース・リーのファンがこのシーンになると一斉に帰っていったという逸話があります。このソックリさん、タン・ロンという人で、やはり『死亡遊戯』でもメインのソックリさんとして出演していましたが、ブルース・リーによく似ているところといえばアゴのしゃくれ具合のみで、顔の印象についてはどうにもお隣のあんちゃん風味が濃厚。まあブルース・リーの顔を石くれと一緒に木箱につめて三日三晩シェイクしたらこうなった、みたいなカドの取れた顔であります。モザイクを透視する要領で薄目で見てるとブルース・リーに見える瞬間があるかもしれない、ぐらいの微妙な似っぷりが可憐です。


兄ビリーが馬の骨の娘から受け取ったブツとは8ミリフィルムでした。現像してみるとどこかの「死の宮殿」(タダの白人格闘家の邸宅)が映っています。ここにいけば謎が解けるに違いない、と宮殿に客人として潜入する弟ボビー。行ってみると広い邸内でライオンを何十匹も飼ったりしてて危ないことこの上ナシです。ここは本当に日本なのか?まあ邸内を金アミつきの車で移動してたりするので富士サファリパークかもしれません。主人いわく「大好物は新鮮な人間の肉さ」。食わすなそんなもん!


ここの主からボビーは『死亡の塔』についての話を聞かされます。この邸宅のご近所にあると噂される死亡の塔。しかし主人いわく「その塔は誰も見たことがない」。ご近所なのになんで?

「その塔は地下に向かって建ってるからだ」

何がどういう理屈でその発言になるのか考える間もなく話は進行。この邸宅で消息を絶った馬の骨について探りを入れるうち、ボビー・ロー自身にも魔の手が伸びはじめます。夜中に寝室でトレーニングに励むボビー。するとそこへネトッとしたサックスの調べとともに現れるパツキン女性。おもむろに服を脱いで全裸になり誘惑開始です。一瞬たじろぐボビーですが割ととそういうのは好きなほうらしく満面のスマイルでハッスル開始。しかしお約束のごとく女が襲い掛かってきたので取り押さえます。


すると突然部屋の照明が落ち、いきなり窓を破ってライオンが襲い掛かってきます!富士サファリパークはこれの伏線か!しかしライオンといっても着ぐるみみたいな質感のヤツが妙に人間臭い動きで「がうがう」と飛び回って時々受け身を取るだけなので緊迫感は制作者の意図しない方面で高まります。まさかこの遊園地の営業みたいなのを野生のライオンと言い張る気なのか…。恐るべし香港映画。するとライオンは突如先程の女の方に襲い掛かり、直後「わー」という感じで窓から逃げ出してゆきます。倒れる女。しかし彼女の首には牙のあとはなく、なぜか鋭い針が刺さっています。何故?まあ刺客の一人がライオンの着ぐるみを着てボビーの命を狙いにきた、ということなのかも知れませんがなんでそんな回りくどいことを。さすがに香港映画と言えどもこの着ぐるみを生ライオンと言い張るのは気まずかったのでしょうか。何を今さら。


まあそんなたわむれを繰り返しているうちに館の主人は何者かにくびり殺されます。どうやら手下の一人で斉藤洋介とナイナイ岡村を融合してリンゴ・スターの髪型にしたような男が怪しい。というわけで奴を追ってこれを倒し、塔(というか地下)に潜入します。塔(地下)のセットは『燃えドラ』のセットを彷佛とさせる、というかソックリで思わずニヤーッと微苦笑が。そしてエレベーターに乗って地下へ地下へと進んでゆくボビー。もう一度確認しておきますがこの映画のタイトルは『死亡の塔』です。


地下ではSFっぽい銀色の服を着た戦闘員風味が007の敵要塞みたいな施設でかいがいしく働いています。手にはなぜかモリが。SF風コスチュームのザコがモリをかかげて大挙し原始人風に襲ってくる、というすばらしい光景ですが、こういう絵づくりを天然でやってしまえる人こそ真の天才ではないでしょうか。ザコを一掃してしまうと奥の部屋から豹柄の毛皮を原始人風に着こなした中ボス風情が出現。どうでもいいですがこの時期の香港映画の悪役はかなりの高確率でマッシュルーム・カットなんですがあの頃の香港はこれがワルっぽかったんでしょうか。この中ボスもその例にもれず天使の輪をキラキラさせながらプリティに威嚇のポーズです。


しかしボビーは頑張ってエビ固めでこれを退治。モロに007チックなブービートラップを気合いとガッツと編集の妙で切り抜け、奥の部屋に進みます。そこに待ち構えていた少林寺の僧をひょっとこのような顔にして倒し、祭壇のほうに進むとそこには盗まれた馬の骨の棺が!まさか!と思っているうちに祭壇はウィィィィンと裏返って現れたのは誰あろう死んだはずの馬の骨。聞けば副業の麻薬密売を国際警察にかぎつけられ、その捜査の目を撹乱するための偽装葬式だったという真相をマルベル堂のブロマイドのようなまぶしい笑顔で語ります。兄を殺されたボビーの怒りは頂点に達し(たようにはあまり見えませんが)、ついに黒幕との一騎討ち。ボビーは馬の骨の刀攻撃に苦しみながらもこれを返り打ちにし、「オラ、ちゃんと入ってろ」とばかりに死体を棺に押し込んで劇終です。


いやあハッキリいってブルース・リー商法で最後のひともうけとしか言い様の無い珍作で、香港映画ビジネスの業の深さというか、金儲けに対する大陸的な容赦のなさというか、そういう香港産のアコギ汁を煮詰めて作られたどす黒い映画なのは間違いないのですが、しかし何故かアクションシーンに限ってはけっこう面白く観られます。ソックリさんといってもバカにはできません。同じ人が演じていたにもかかわらず、『死亡遊戯」の時に比べると格段に動きが良い感じ。しかも殺陣がアクロバティックでけっこう熱いものがあります。このあたりはやはり香港映画の心意気…と思ってエンドクレジット見てたら振り付け師として『マトリックス』のユエン・ウーピンの名が。ああ、そうだったのか…と妙に納得したことでした。


(2003年11月19日)
死亡の塔
Game Of Death II(死亡塔)
1980年 香港
監督:ウー・スー・ユエン
出演:ブルース・リー ウォン・チェン・リー タン・ロン