ウェールズの山

えー古今、世の淑女のみなさまをメロメロにする芸能人は何故か愛称+「様」付けで呼ばれるという習わしがあります。ヨン様しかり。レオ様しかり。杉様しかり。まさにそれは世の淑女の皆様の支持を集めた証、言わば淑女界のモンドセレクション金賞ともいえる称号ですが、その反面、反語的に揶揄として使われる場合も無いわけではありません。例えばスポーツ新聞の芸能欄に「レオ様太る!」と書かれるような場合の「様」づけは明らかに揶揄だったりするわけで、婉曲的な分言われたほうも正面切って怒りにくいという、ちょっと意地悪な称号でもあったりするわけです。


しかし世の中にはそうした揶揄など全く歯が立たない、問答無用で様づけが似合う方もおられます。代表的なところと言えば日本のやんごとなき一族のかたがたですが、それ以外でパッと思いつくのはもうこの人しかいない。ヒュー様。ことヒュー・グラント。


この人が様付けされる訳は、もちろん世の淑女のみなさまがマタタビをキメた猫のごとくメロンメロンにならざるを得ない貴公子っぷりにありますが、やはり凄いのは様付けで呼ばれてもまったく嫌味な感じが無いという点で、たとえスポーツ紙が「ヒュー様、穴にはまる!」と悪意をもって書き立てたとしても、それはまったく効果を発揮せず、あまつさえファンは穴にはまったヒュー様の姿に思いを馳せて潤んだ目で彼の身を案じてしまうのではなかろうかという違和感の無さ。


ポイントはこの人が持って生まれたノーブルな雰囲気です。高貴な生まれ、貴公子、という雰囲気をDNAレベルから発散しているということで、世の淑女がたがメロメロになるのもうなずける気がします。さらに、英国人でありながらスカした感じが全くしないのもポイント。この点、男のわたくしとしても「ヒュー様ってさあ」と呼ぶのに抵抗がありません。


さて前置きが長くなってしまいましたが『ウェールズの山』というのを観ました。舞台はイギリスの片田舎、イングランドとウェールズの境界にある小さな村。ここにやってきたのが測量技師のヒュー様。なんでも国の事業でここにある小さな山「フュノン・ガルウ」の高さを測量にきたといいます。村人たちにとってフュノン・ガルウは先祖代々外敵の進入から村を守ってきた守り神だったので彼らは測量の結果を固唾をのんで待ちましたが、戻ってきたヒュー様は気まずさ全開の顔でひとこと「…299メートルでした」。固まる村人たち。「つまり、フュノンなんとかは、山ではなく…丘ということになります」そうです。地図上の区分では、305メートルに満たない山は問答無用で「丘」に分類されてしまうのです。なんてこった!おらが村の守り神がタダの丘たあどういうこった!そりゃあ許せんことじゃ!んだんだ!というわけで村人は一致団結。測量技師のヒュー様をあの手この手で村に引き止める一方、村人を総動員して山頂に盛り土を始めるのであった。という仰天の物語。しかもこれ実話だといいますから腰が抜けます。


実際に監督の祖父がこの物語の当事者で、若いころの自分の体験として孫に聞かせた話らしいですが、一体どこまで信用していいのか正直眉唾な気もしないでもない。しかしそれは野暮というものでしょう。ホラとしては誠に痛快。実話とすればなお痛快。じじいが孫に嬉々として聞かせる古き良きお話の雰囲気がこの映画にはあふれております。


この騒動をめぐる村人のドタバタっぷりがラブリーで非常によろしい。精力ビンビンの宿屋の主人、敬虔でカタブツの老牧師、戦争で心に傷を負って帰ってきた若者など、おらが村の住人たちがああでもないのう、こうでもないのう、と喧々諤々としつつも最後はおらが村のために山に土を盛るべい!と団結するいきさつが微笑ましく描かれます。測量技師のヒュー様は足止めをくらいつつも「帰らなくちゃ」と村の脱出を試みますがそこはそれおらが村パワー。車をポンコツにし、汽車のチケットは売らず、果てはヒュー様にべっぴんをあてがって骨抜きにしようとします。


村人の土くれ運搬の甲斐あって、フュノン・ガルウの頂上に6メートルの土まんじゅうがとうとう完成か…と思ったところに雨がザンザカ降るわ、牧師のじじいが老体に無理が来てポックリ死ぬわ、雷雨の音で戦争帰りの若者がフラッシュバックを起こして錯乱するわで気をもませます。出てくる人々が善良なだけにこういう大した事ないよな逆境も妙にハラハラしますが、それでもめげずにひたすら山に土を盛る村人の真摯さにはつい目頭が熱くなります。素晴らしい郷土愛だ。


散々足止めを喰らって困りフェロモンを分泌していたヒュー様もこの様子にほだされ、タイムリミットギリギリまで顛末を見届ける覚悟で山頂で夜を明かします。そして朝を迎え、改めてフュノン・ガルウの高さを測量し直したヒュー様の心には、思いもかけなかった決意が生まれたのであった。というわけで爽やかな結末が心にしみて思わず涙腺がゆるゆるになるハートウォーミングな映画…と思ってたらそれだけでは終わらなかった。まさかこんなオチをつけるとは!。伊達に監督は自分の郷土の話を映画化した訳ではなかった、という訳で最後の最後にカマされるわけですが、これはいわゆる富井副部長が言うところの「ヒャー!これはうれしい不意打ちです」と同じ類いのものなので安心してカマされて頂きたい。


ヒュー様は終止厭味のない色男っぷりですが、この厭味がないというのがこの映画には非常に重要なポイントですね。色男でありながら、こういう素朴な雰囲気の映画に無理なく溶け込めるという意味で、希有なタイプの「様男優」だと思います。様男優。

(2006年02月14日)
ウェールズの山
1995年 イギリス
監督:クリストファー・マンガー
出演:ヒュー・グラント タラ・フィッツジェラルド コルム・ミーニイ