サスペリアPART2

けだし『サスペリア』というと20代後半以上の人にとっては、「ああ、あれか」と思い当たるものがおそらくあるでしょう。公開当時「決して一人では見ないで下さい」というコピーが一世を風靡(関係ないですが、『八つ墓村』の「たたりじゃあ」なんてのもありましたね)、「8時だよ!全員集合」でも志村けんがネタとして使ったという話題作でした。かなりヒットしたとは思いますが、今やビデオは絶版、TVで放送されることも稀になり、もはやほとんど忘れかけられているような感があります。内容をかいつまんで説明いたしますと、

(1)主人公が入学したバレエ学校の校長は、魔女でした

(2)完

…多少かいつまみ過ぎた気もしますが、要はこの魔女とその一味が自分達の正体を知った者をザクザク殺してまわるという内容で、これだけ聞くと非常に平凡なホラーの様に思えますが実はさにあらず。監督のダリオ・アルジェントは独自の美意識を爆発させ、他にはちょっと例の無い独特のホラーを作り上げました。


まず目に付くのは、赤、青、緑と原色がバリバリにかった目も眩むような照明。このサイケな色彩設計が観る者を容赦なくバッドトリップにいざないます。ビデオで観ようものなら「すわ故障か!」と映像調整ツマミに思わず手が伸びる、ほとんど壊れてると言ってもいいギンギラさ加減。さらにセットも原色に近い色調で構成されており、そこへ真っ赤な血ノリが景気良くまき散らされるというえげつないコントラスト。そこで繰り広げられるのはさわやかな程に即物的なグログロ残虐シーンで、娘をブスブス刺し散らかしたあげく天井から首吊りにしたり、ガラスの破片で頭をぱっくり割ってみたり、盲導犬に飼い主を噛み殺させてみたりと行いは初期のラーメンマンのように残虐です。


観てて最も嫌なのは有刺鉄線をスパゲティのように敷き詰めた部屋に女の子を突き落とすシーンで、針金にからめとられて血まみれになる娘の姿は当時幼稚園児だった私をトラウマ地獄へと叩き込みました。幼稚園児のころの記憶など、今となってはかなりおぼろげなものなんですが、その有刺鉄線のシーンが載っている雑誌のページを父親が「ほれほれ」と見せてくれたことは今でもありありと覚えており、この強力な幼児体験が中学、高校のあいだ父親との会話がほとんど無かったことの遠因になっている、というような事はまあ無いですがそんなことはどうでもよろしいですね。



当時のパンフレット
吊された人形がイヤ過ぎ


さてその『サスペリア』の公開から一年を経て日本で公開されたのが同じダリオ・アルジェント監督による『サスペリアPART2』です。これは最初に予告編をTVで見たのですが、『サスペリア』に負けず劣らずイヤなシーンがテンコ盛りで、晩飯前のひとときにはちょっとナニ過ぎるイキなCMでした。数年後この映画はテレ東系のお昼のロードショーかなんかでTV放映され、その時初めて全編通しで観たのですが、いやもうそのイヤさ加減といったら筆舌に尽くし難く、思わず顔を手で覆っちゃうんですが、そうはしつつも指の隙間から画面を見ずにはいられないというまことに奇妙な魅力にあふれた映画だったのです。


映画はまずどこかの家庭のパーティらしいシーンから始まります。と、♪ピンポンパンポンピンポンパンポンとなにやら童謡めいた曲(「やまのおんがくか」に爆似)が流れますが、その曲にあわせて妙にリズム感のよいストロークでえいっえいっと人を刺し殺すシルエットが見えたかと思うと、子供の足元に血まみれのナイフがごろんと投げ出される、というプロローグからしていきなり不気味です。


場面は変わってとある超心理学のシンポジウム会場。壇上の女超能力者がデモンストレーション代わりに何げにそこにいた客の心の中を読むんですが、何とたまたま客のなかに殺人鬼が紛れていたために大変気まずい記憶が見えてしまうという、ヤブヘビという言葉はこのシーンためにあるのではないかと金田一春彦も目をみはる事件の発端です。思わぬビジョンを見てしまった彼女は半狂乱、うっかり「あなたが殺したのよ…そしてこれからも」などといらぬ事を口走ってしまったがため、そのあと肉切り包丁でザクザクしばき倒される目にあいます。その現場を偶然目撃していたのが主人公のピアニスト。これをきっかけに彼は事件に巻き込まれてゆく、というのが大体の話です。


ダリオ・アルジェントの映画の特徴としては、「連続殺人モノが好き」(というか、それしか撮らない)「殺しのディティールに凝る」「美少女をいたぶるのが好き」などの他に「ストーリーがワケ分からない」「意味不明過ぎるシーンが多すぎ」等が挙げられますが、殊にストーリーは「無いよりはまあマシ」程度のぞんざいさ加減で、真面目に物語を追うと白髪が増えそうな訳のわからなさが充満しており好事家としては目が離せません。まあ『2』においては比較的そんな破綻は少ないのですが、それでもストーリーのつながり方が時々力技炸裂だったりしてアルジェント調は健在、見守るファンの心境は複雑です。しかしダリオ・アルジェントの真価はそんな平凡な所にはありません。彼の映画はそんな物語の整合性など不要!とでも言うかのように、独特の美学とこだわりに彩られているのです。


『2』の場合のこだわりとは、「無邪気さと邪悪さのミスマッチ」とでも申しましょうか、前述の童謡もそうですが、惨劇の小道具として、首吊りにされた赤ん坊の人形とか、人殺しの場面を描いた児童画、ビー玉、藁人形のようにブスブス針が刺された毛糸の人形等が登場、「無邪気さと邪悪さは紙一重」とでも言わんばかりに凶行現場を梅雨どきの押し入れのように陰湿にします。なかでも出色なのは自走する機械仕掛けの人形で、静まり返った部屋のドアを突然開いてケタケタ笑いながらこちらに向かって歩いてくる光景は悪夢以外の何物でもなく、当時子供だった私はまた一つ余計なトラウマを抱えてしまい眠れぬ夜を過ごしたものでした。こうした小道具の多くはストーリーには直接関係しないのですが、しかしコケおどしとしての効果は抜群、気色の悪さは嫌が応にも高まります。



廃屋の壁に塗り込められた絵


ラストは意外な犯人が登場して主人公との対決となります。真犯人とか事件の真相の意外さが我々の常識を超えすぎているというのもダリオ・アルジェントの毎度の芸風なのですが、『2』においては伏線も一応張られており、わりと納得して観られたりします。またミステリー映画史上空前とも言われる犯人のトリックもここで明らかにされます。映像メディアならではの独創的なトリックなんですが、これはぜひビデオを巻きもどして確認して欲しいですね。そして主人公の機転で最後には犯人は首がもげて死亡、血だまりのなかに主人公の憔悴しきった顔がぼんやり映って完、というたいへん後味の良いシーンでエンドマークを迎えます。自分も主人公のようにげっそり出来てしまうというある意味バーチャルなラストシーン。イヤすぎます。


近頃はこの映画のタイトルを目にすることも非常に稀な事になってしまいましたが、最近ネット上で行われたダリオ・アルジェントのファン投票(このページを発見したとき、私はネットの世界のディープさに内心慄然とした記憶があります)では彼の作品のベスト3に数えられるなど、ひそかに評価の高い作品です。ビデオも最近では入手しにくいですが、古株のレンタルビデオ屋などで一本500円ぐらいで売られているケースも多く、まれにテレ東系の局でお昼に放送されることもあるようです。


ところで、こうして内容を振り返って腑に落ちないのは、『サスペリア』と『サスペリアPART2』の間には内容に何か関連があるのか…という点なんですが、実はこれ、ダリオ・アルジェントが監督したという一点以外は内容に全く関連がないんですね。強いて言えば共通点は「いっぱい人が死ぬ」ぐらいなもんでしょうか。しかも製作年は『2』のほうがはるかに先という目をみはるデタラメぶり。『サスペリア』のヒットにあやかって日本の配給会社が未公開作品を勝手にパート2にデッチ上げてしまったという、かつての日本の映画産業のいんちきテイストを後世に伝えまくるトホホの特売のような邦題と言えましょう。


追記:この文章を書いた直後、『サスペリアPART2:完全版』がビデオでリリースされました。各種媒体にも「『ユージュアル・サスペクツ』に匹敵するミステリー」などと熱烈なファンも首をひねる凄い紹介のされかたをしていましたが、なんと言っても目を引くのはビデオのジャケット。なんとあの死ぬほどヤな自動人形の顔のアップなのです。どなたがデザインしたかは存じませんが、きっとこの映画を愛しているのでしょう。いやー判ってるなぁ。


(1998年)
サスペリアPART2
Deep Red
1975年 イタリア
監督:ダリオ・アルジェント
出演:デビッド・ヘミングズ ダリア・ニコロディ ガブリエレ・ラビア