クロールスペース

進学でも就職でも、離婚でも単身赴任でもよいです。人生初めての一人暮しを迎えるに当たって、おそらく最初の仮想敵というのはもしかしたら「大家さん」じゃないかと思うわけです。まあ最近はアパートの101号室あたりを管理人室にして住み込んでいる大家さんというのは少なくなってきてるとは思いますが、これが例えば自分の部屋の真下に住んでるのが大家さん、なんて事になるとこれはもう大変なことで、ちょっとドスンと物音を立てようものなら階下から鬼のような形相のオバサンがホウキ片手に

「ちょっどアンダ!」

と元気よく押し入ってくるのではないか、とドキドキした経験のある方もおられるでしょう。



物件選びは慎重にね!


まあこの大家さんも大体のケースではごく普通のオジサン/オバサンだったりする訳ですが、これが異常に神経質だったり、金銭に執着があり過ぎたり、怪しげな洗剤を無理やり売りつけたりする人だった場合はまさに災難です。うっかり入居しようものならやれ夜中の物音がうるさいだの、何の予告もなしに家賃を値上げして差額をとっとと払えだの、洗剤の次は浄水機を買ってみないかだの、次々と理不尽な要求を突きつけられるという悲惨な運命が待っているのですからタチが悪い。何より怖いのはこういう人たちが自由に自分の部屋に出入りできる手段を持っているということで、なんだか密閉しているはずの自分の居住空間に、知らない間に他人(それもちょっとタガの外れた人)の靴の跡がついているような、そんな不気味な怖さを感じずにはいられないのです。


というようなことを一人暮しを始めて感じていた頃、たまたま出会ったのがこの映画でした。この映画の主人公は美女ばかりを店子にしているアパートの大家で、アパートの内部を改造して天井裏に通路を造り、店子の部屋を天井から巡回しては彼女たちの生活をウキウキ覗き込んで悦に入っているという何かの間違いで二年前の納豆を食べさせられたような胸クソの悪くなる話です。物語はこの大家の狂気を大家自身の主観から描いている訳ですが、上映時間の短さが災いしてか大家の狂気の表層を描くにとどまり、狂気のもっと奥深いところを切り出すには至らず、かなり印象が薄くなってしまった感があります。


しかしあえてこの映画をここで紹介したのは、この大家の建物に対するマニアックな改造ぶりがちょっと類を見ないものだからなんですね。たとえば店子の女の子たちが一つ部屋に固まって楽しげに話していると、通風孔から覗いている大家はリモコンをポチッ。すると床のちっちゃな扉が開いてネズミが飛び出し女の子たちはキャー。それを見て大家はフフフと笑う。というたいへん和やかなシーンを筆頭に、ボタン一つで壁からヤリが飛び出してきたり、大家の異常さに気付いた女の子が逃げ出そうとするといきなり出口に鉄格子が生えてきたり、大家の悪行を追及しに来た紳士は椅子に仕掛けられた飛び出すモリでアナルを串刺しにされたりと、伊賀忍者の屋敷もかくやと思わせる実に芸の細かい改造ぶり。



これであなたも痔主に


自分の悪行がバレそうになった大家はついにブチ切れて店子の女の子を皆殺しにしようとします。一人生き残った女の子は大家が覗き見をしていた天井裏の通路に逃げ込みますが、何せ天井裏の通路なもんですから、狭い。前進しようとするとどうしても腹這いの姿勢にならざるを得ない訳です。焦って逃げようとしてもモタモタとしか進めない。そうこうしているうちに大家も通路に入って追ってくる。盛り上がるサスペンス。が、次の瞬間大家が通路の壁に手を掛けたかと思うと壁から台車が「がっしゃん」と出てきて、それに乗っかった大家が凄いスピードで通路を爆走しはじめるという展開には飲んでいる茶を鼻から噴射しそうになります。いやあこのシーンは凄いですよ。放送禁止一歩手前の形相の大家が腹這いの姿勢のまま狭い通路をごんごんごんごん凄い勢いでこちらへ滑ってくる様はまさに悪夢。子供が観たら光るピカチュウ並みにひきつけを起こしそうな迫力であります。



大家爆走中


この大家を演じたのはクラウス・キンスキー。あのナスターシャ・キンスキー(この人も最近B級づいてきましたね)の実の父で、文芸モノなどにも多々顔を出している人なんですが、こうしたエンパイア・ピクチャーズ(ホラー・SF専門の制作会社)の映画にも顔を出しているところが「仕事の大小問いません」って感じで好感が持てます。ただじっと澄ましているだけで十分怖いというおトクな顔だちをフルに生かし、この映画でも狂った大家を実にナチュラルに演じておられます。余りにナチュラルなので実生活でもこの人ってこんな感じなのかしら、ナタキンも顔が父親に全面的に似なくて良かったよなあ、と要らぬところに気が回る一本でした。



娘の帰りが遅い!と御立腹中のナタキンパパ(嘘)


(1998年)
クロールスペース
Crawlspace
1985年 アメリカ
監督:デビッド・シュモラー
出演:クラウス・キンスキー タリア・バルサム バーバラ・ウィネリー