007/カジノ・ロワイヤル

これ、最初に観たのは小学校6年生ぐらいのときでしたか、年末の深夜放送でやってたのを父親と一緒に観たのです。当時から筋金入りの007ファンだった私は、「これは滅多に無いチャンス!」(当時うちにビデオデッキなどというこしゃくな代物は無かった)とばかりに眠い目をむりくりこじ開けてTVの前にスタンバイしていました。当時すでにこの映画が正統なシリーズからは外れた番外編的な存在であることは知っていましたが、きっとそれは『ネバーセイ・ネバーアゲイン』(別の製作会社による『サンダーボール作戦』のリメイク)みたいなもんなのだろうと、何も知らない純真だった私(まだ声変わり前)は期待に胸をはずませつつ観たのです。


映画が始まりました。が、いきなり様子が変です。007と言えばシリアスなスパイ・アクションの筈なのに、この強力にハッピーなタイトル曲は一体なんなのでしょうか。何だかスパイものというよりは、これからとてつもない馬鹿騒ぎが始まる、という予感に満ち満ちたヒップな曲がアニメーション混じりのタイトルにかぶって流れているのです。この時点で私の胸に不審な予感がチラリと去来しましたが、まあTV放映ですから一時停止して悩むこともできません。それに曲自体は非常に良かったため、気を取り直して画面に集中することにしたのですが…。



サントラのジャケ
マジで必聴


話は、M(007の上司。演じるはなんと巨匠ジョン・ヒューストン監督)が歳をとって引退したボンド(デヴィッド・ニヴン)を復帰させるべく懐柔しに行くところから始まります。しかし復帰を拒否するボンド。そこへ突然大砲の一斉爆撃がきてボンド邸は粉々に破壊されるのですが、一発目の砲弾でMのヅラがスピョーンと物理法則を超越した動きで吹っ飛び、そのヅラをボンドが遺品としてMの邸宅に届けに行くというあたりで映画は私の想像の及ばない方向に向い始めます。


M邸では未亡人とその美しい娘たちとカマトト艶笑劇が繰り広げられます。ボンドが娘たちにズボンを降ろされ「オーホホ」などと嬉しげに叫んでいる様は当時まだ子供だった私を混乱させますが、そんな私の心情を無視して映画は進行、物語は乱痴気騒ぎのあと未亡人主催の鳥撃ち大会のシーンに突入し、野原でのんきに鳥を撃つボンドを敵の鳥型ロケットが襲うという、スパイ映画のくせにそれはどうかと思う牧歌的な展開に至って隣で観ていた父親の我慢は限界に達したらしく、「オモロないのう。寝るぞ」の無情な一言でTVのスイッチは切られたのでした。


その後、ものの本にてこの映画が007の一大パロディであることを知り、あの不可解過ぎる展開にもようやく納得がいった訳ですが、なにせ途中までしか観ておらず続きが気になるのと、例のハッピーなタイトル曲が頭から離れないこともあり、その後10年近く経ってビデオで再見してみましたが…ぎゃはは、これは凄いぞ!なんせプロデューサーが2人、脚本家が3人、監督が5人、007にいたっては7人もいるんですからデタラメの極みです。しかも役者が名優デヴィッド・ニヴン、『ピンク・パンサー』のピーター・セラーズ、今やすっかり映画作家のウディ・アレン、そして日本の英会話シーンをリードする天才、オーソン・ウェルズ、その他ウィリアム・ホールデン、シャルル・ボワイエ、アーシュラ・アンドレス(初代ボンドガール!)、無名時代のジャクリーン・ビセット等、そうそうたる顔ぶれ。監督も巨匠ジョン・ヒューストン以下5人。音楽が今世紀のポップス界を代表する天才バート・バカラック(余談ですが彼は挿入歌「恋の面影」でアカデミー主題歌賞にノミネートされてたりします)。他にもジャン・ポール・ベルモンド、ジョージ・ラフトなどがチョイ役で出てきては超絶に下らない一発ギャグをカマすという、一体何をどういじればこの面子でこんな馬鹿な映画ができてしまうのか不審になるほどの超一流スタッフ&キャスト。



ピーセラとU・アンドレス
一見真面目な映画のようだが…


そんな目のつぶれるような豪華キャストが繰り広げるのは、まさに向かうところ敵なしの超絶大悪フザケ大会。ライオンが出てくると『野性のエルザ』のテーマが流れたり、ピーター・セラーズやウディ・アレンやオーソン・ウェルズがストーリーにほとんど関係ない持ち芸を披露したり、有名な女スパイ、マタ・ハリとボンドの間にできた娘の名がマタ・ボンドとそのまんま過ぎるのにも程があったり、マタ・ボンド登場の際には往年の日活映画のような豪華レビューシーンが無意味にあったり、ドイツの敵のアジトのセットがドイツ表現主義みたいな歪んだデザインだったり、ドイツといえば任務に失敗した部下をオーソン・ウェルズが電話ボックスごと吹っ飛ばすと、ベルリンの壁が崩れて東側の人間がドッと流れこんでくるという気まずいギャグがあったり、敵の要塞の特撮が円谷プロ的にチープでなぜかUFOまで出てきたり等等等、全編何かに取り憑かれたかのような容赦のない暴走ぶり。


ラストも大乱闘のどさくさの中、騎兵隊が乱入してきたり、それに対抗してインディアンが大挙してかけつけてオホオホ暴れまくったり、窓を突き破れば何故か金粉美女がいたり、テーブルからは笑気ガスが噴射されて全員ほがらかな笑顔で大乱闘、ただでさえワヤな乱闘をさらに収拾不可能にしたりと悪ノリの限りを尽くします。そして敵の元締めがうっかり飲み込んだ核爆弾が爆発、登場人物はひとり残らず昇天(比喩ではなく、本当に)して完ですから、この映画の脚本家は当時なにか辛い事でもあったんじゃなかろうかとつい心配になります。しかもエンド・クレジットのバックに、なぜか冒頭のジョージ・ヒューストンのヅラ飛びシーンがスローモーション(しかも逆回転)で流れたりしますから最後まで油断できません。ひゅーんと飛来してジョージ・ヒューストンのつやつやした頭にピタッと張り付くヅラ。こういうイカレた映像を映画の一番最後に堂々と持って来るセンスは余りにも素晴し過ぎます。



アメリカ版ビデオのジャケ
スカしていない分、雰囲気は伝わる


もともと「カジノ・ロワイヤル」はイアン・フレミングによる007シリーズ原作の第1作目で、いちはやく映画化が予定されていた真っ当な企画だったのですが、脚本のリライトが繰り返されるうちにショーン・コネリーの『ドクター・ノオ』が先に公開されてこれが大ヒットしてしまったという経緯があり、そう考えるとこの映画のヤケクソさ加減もやや理解できなくもありません。また、5人の監督が各エピソードを好き勝手に監督したため、ギャグの密度は非常に濃いものになっておりますが、その分映画としてのまとまりは殆どゼロの状態です。とはいえこの映画のバカ爆発ぶりとキャストの豪華さ、金の掛かり方の見事な反比例は他に類を見ず、おそらくこれからもこれほどまでに悪フザケが暴走した大作は二度と観ることが出来ないでしょう。まさに文字通り、掛け値無しの大怪作。カルトになるのも十分うなずけます。未見の方は是非見て頂きたい馬鹿の金字塔。サントラも爆裂にナイス。


(1998年)
007/カジノ・ロワイヤル
Casino Royale
1967年 イギリス
監督:ジョン・ヒューストン他
出演:ピーター・セラーズ デビッド・ニヴン ウディ・アレン