■ NEW LOST RAMBLERS |
■ 2004年6月16日(水) |
Old & In The Way 『Old & In The Way』 |
曲目 | |
01. Pig In A Pen 02. Midnight Moonlight 03. Old And In The Way 04. Knokin' On Your Door 05. The Hobo Song 06. Panama Red 07. Wild Horses 08. Kissimmee Kid 09. White Dove 10. Land of The Navajo |
本作『オールド・アンド・イン・ザ・ウェイ』と『ミュールスキナー』盤は、ブルーグラス・ファンの誰もが「70年代の最高傑作、大名盤だ!」と認めてきた。この両作品は、1970年代グラス・シーンの流れを大きく変えてしまった新感覚のシティ型ブルーグラスだった。ピュア(トラッド)型の追随者でないグループとして登場したふたつの名盤は、ブルーグラス・シーンを大きく解放し、この音楽が自由で可能性のあるものだという方向、道しるべを示してくれた。その影響たるや強力なもので、70年代の日米グラス・シーンを沸かせたばかりか、ロック・ファンのこころを捉えてしまった(つい最近では、ジャム・バンドにふたつの名盤の影響を知ることができる)。早い話し、50年代ブルーグラス・黄金期の人気を凌ぐパワーを持っていたというわけだ。 |
米盤解説でデヴィッド・グリスマンは、「ぼくらのアイドル、フラット&スクラッグス、ビル・モンロー、スタンリー・ブラザース、ヴァッサー・クレメンツ、その他多くのミュージシャンなどの遺したオリジナル・ブルーグラスをもう一度顧みて、そこに流れるスピリットを学ぶためにこのギグを思いついた」と語っている。名盤と誉れ高い本作セッションは、1973年10月3日、サンフランシスコのボーディング・ハウスで行われた。レコード発売は、これから2年遅れて1975年のことだった。 |
では、スーパー・ブルーグラス・セッション・バンドとして歴史にさん然と輝く本盤の参加ミュージシャンを紹介してみよう。バンジョーは、なんと西海岸ロックの超大物、グレイトフル・デッドのジェリー・ガルシア。意外な人物が参加、とリアル・タイムでは騒がれたが、実はガルシアのバンド歴を辿れば納得がいく。ご存知のように1960年代のアメリカン・ミュージック・シーンは、フォーク・リヴァイヴァルという大きな現象が話題となった。いわゆるフォーク・ブームだ。そうした背景から脚光を浴びたミュージシャンは、桧舞台となったフォーク・フェスティヴァルに出演した。若き日のガルシアもフォーク・ブームの影響を受け、フェスで人気者となっていたジム・クウェスキン・ジャグ・バンド、ドック・ワトソン、ニュー・ロスト・シティ・ランブラーズ、クラレンス・アシュレイなどのオールド・タイム・ヒルビリー、ビル・モンロー、フラット&スクラッグス、スタンリー・ブラザースなどのブルーグラスを目の当たりにして、こうしたルーツ・ミュージックの虜となっていった。 |
まずガルシアは、ジャグ・バンド結成を思いつく。バンド名は、「マザー・マクリーズ・アップタウン・ジャグ・チャンピオン」。グレイトフル・デッドの原点は、まさにこのジャグ・バンドにあった、といって良いだろう。オリジナル・メンバーは、ジェリー・ガルシア、ロン・ピック・ペン・マッカーナン、フィル・レッシュ、ボブ・ワイアーの5人だった。このバンドを発展させて誕生したのが、他ならぬブルーグラス・バンド「ハート・ヴァリー・ドリフターズ」。オリジナル・メンバーは、デヴィッド・ネルソン(ギター&ヴォーカル)、ケン・フランケル(マンドリン)、ジェリー・ガルシア(バンジョー)、ボブ・ハンター(ベース)。このバンドは、1963年のモンタレー・フォーク・フェスティヴァルに出演して、ブルーグラス部門のチャンピオンに輝いたこともあった。その後、メンバーは流動的に入れ替わり、バンド名も二転三転した。「ワイルドウッド・ドリフターズ」「ブラック・マウンテン・ボーイズ」と名乗ったこともあったという。だが、ガルシアのバンジョーは、不動だった。グレイトフル・デッドは、世界のロック・ファンを魅了したが、その前身バンド、母体がブルーグラス・バンドだった、とは何とも痛快な話し。前述したとおりガルシアの本アルバム参加は、発売された当初に意外な人物参加とグラス・ファンに受け止められたが、こうしたガルシアのグラス体験を事実と知ると、その参加は極めて自然なものであったと納得してもらえると思う。 稀代の名盤『オールド・アンド・イン・ザ・ウェイ』に登場する次なる大物ミュージシャンは、妖しい色気を漂わせる「ハイ・ロンサム・ヴォイス」が得意技のピーター・ローワンだ。ピーターは、東部ケンブリッジ出身。ガルシア同様に60年代フォーク・リヴァイヴァルの洗礼を受けた若者だった。ニューヨークのグリニッチ・ヴィレッジは、多くのコーヒー・ハウス(今日のライヴ・スポット)が存在して、フォーク・ブームの旗振り役を担っていた。ピーターが育ったケンブリッジにもそれと良く似たコーヒー・ハウスが存在した。名前は、「クラブ47」。60年代、このコーヒー・ハウスのブッキング・マネージャーを担当していたのが、ジム・ルーニーだった。ピーターは、クラブ47に出演するブルーグラス・バンド、ケンタッキー・カーネルズ、リーリー・ブラザース、ビル・キース&ジム・ルーニーなどを観て、ブルーグラスの虜となっていった。 |
ギターを片手に、ヴォーカルのレッスンに励み、まずニュー・ロスト・シティ・ランブラーズ風のバンド「マザー・ベイ・ステイト・エンターテイナーズ」を結成した。ボストン大学で知り合ったジョン・シャインがギター、親友ボブ・シギンズがバンジョー、ボブ・マミスがフィドル、そしてピーターがマンドリンという布陣だった。余談だが、このバンドの貴重な録音は、エレクトラ盤『String Band Project(EKS-7292)』に遺されている。いつしかボストン〜ケンブリッジで人気者となったピーターは、こともあろうにビル・モンロー&ブルーグラス・ボーイズの正式メンバーに迎えられた。ブルーグラスのオリジネイター、ビル・モンローは、都会の若者をワクワクさせたフォーク・リヴァイヴァルを意識して、メンバー刷新を考えていた。そこでピーターに白羽の矢が向けられた。その後ビルは、当時のマネージャー、ラルフ・リンズラーのアイデアから都会派のグラス・ミュージシャンを大幅に加入させた。つまり一時期、ブルーグラス・ボーイズは、完全に才気あふれる都会出身者に乗っ取られてしまった。ビル・モンローのバンドに門を叩いた若者は、まずピーターがギター&ヴォーカル、次にビル・キースがバンジョーで、西海岸のリチャード・グリーンがフィドル、ニューヨークのラマー・グリアがバンジョーなどだった。やがてフォーク・リヴァイヴァルは下火となり、サンフランシスコから新しいカルチャーが流行り始めた。ヒッピー文化だった。そんな状況から生まれたのが、サイケデリック・ロックだった。ピーターは新たなる道を歩み始めた。フォーク・ロック、サイケデリック・ロック風味の「シー・トレイン」、「アース・オペラ」バンドに参加した。漂う妖艶なヴォーカルは、シー・トレインのキャピトル3枚目『Marblehead messenger』に収録された「ミシシッピ・ムーン」ですでに全開していた。その後、ピーターは、ソロ歌手として活躍した。そして本作や『ミュールスキナー』盤でブルーグラス・シーンに再登場、古くからのグラス・ファンを喜ばせた。 |
さて本盤に登場する第3の男は、絶妙なマンドリンで人気のあるデヴィッド・グリスマンだ。ニュー・アコースティック「ドーグ」を創ったことでも知られている。華麗でスウィングするマンドリンは、ここでも発揮されている。グリスマンの音楽歴は、ガルシアやピーターと同じように、やはり60年代フォーク・リヴァイヴァルの渦中から始まった。まずジャグ・バンド、「イーヴン・ダズン・ジャグ・バンド」(マリア・マルダー、ジョン・セバスチャンなどが参加)で活躍、これと平行してブルーグラス・バンド「ニューヨーク・ランブラーズ」を結成、憧れのビル・モンローのようにマンドリン奏者として歩み始めた。グリスマンのアイドルは、こういした背景から分かるように、ブルーグラスの巨人ビル・モンローだった。本格的なトラッド・グラス、レッド・アレン&ケンタキアンズ、アリス&ヘイゼルという女性だけのブルーグラス・バンドの助っ人もしたことがあった。そしてピーターと「アース・オペラ」に参加、その後フリーのミュージシャンとして西海岸で活躍。ドーグ誕生のきっかけとなったセッション・バンド、グレイト・アメリカン・ミュージック・バンドに在籍、ブルーグラスにジャンゴ・ラインハルト&ステファン・グラッペリのジプシー・スウィング、ブラジルのショーロなどの音楽に触発されてドーグ・ミュージックを完成させた。このアルバム録音時は、ドーグを模索した時期でもあった。 さてもう4人目の男は、先の3人と違って本物のブルーグラス・カントリー王道を歩んできたヴァッサー・クレメンツだ。1928年南カロライナ生まれ。初期ビル・モンロー(デッカ時代)のブルーグラス・ボーイズの名フィドラーとしてグラス・シーンではお馴染みの人だ。南部で培われた伝統的なフィドル奏法を独自の奏法にみごと昇華、つまびらかで実にリリカルなフィドルにたどり着く。美しい音色もさることながら、時折炸裂するアドリヴは、いままでのグラス・シーンでは味わえないものだった。うねりとも思えるフィドルの連続技は、もうため息もの。1972年、ニッティ・グリティ・ダート・バンドの名盤『永遠の絆』に参加、その存在感をロック・ファンにアピールした。またオールマン・ブラザースのディック・べッツ、ビートルズのポール・マッカートニー、クリス・クリストファーソンなどとの共演も話題を呼んだ。最近は、21世紀型アメリカン・ルーツ・ロック・バンド、ジャム・バンドの雄、ストリング・チーズ・インシデントと共演して再びロック・シーンで注目を集めている。ベースは、ガルシア人脈でお馴染みのジョン・カーン。 |
01. Pig In A Pen ガルシアが大好きだったトラッド・ソング。ハート・ヴァリー・ドリフターズ時代のお得意のレパートリーだったとか・・・。グランド・オール・オープリーに花形フィドル奏者、アーサー・スミスや、スタンリー・ブラザースなどの録音でお馴染み。リード・ヴォーカルはガルシア。それにしてもガルシアのバンジョーって何か一味違うサウンドを醸し出している。アール・スクラッグスのように耳に迫ってくるわけでなく、むしろ心地良い。 |
02. Midnight Moonlight ピーター・ローワンが書き下ろしたメランコリックなブルーグラス・ソング。もちろんここでは、リード・ヴォーカルを務めている。色気漂うハイ・テナー・ヴォーカルが聴きどころだ。感想のヴァッサーのフィドルと、グリスマンのマンドリン・バトルも押さえなくては・・・。 |
03. Old And In The Way ここれは珍しくデヴィッド・グリスマンのリード・ヴァーカルが味わえる。グリスマンが書いた曲だ。ピーターとのデュオも捨てがたい。朗々と流れるヴァッサーのフィドルも要チェックだろう。 |
04. Knokin' On Your Door トラッド・ソングのカヴァー。ピーターのヴォーカルに大注目だろう。ブルーグラス・ヴォーカルの概念にとらわれない自由奔放なうた声に感動すら覚える。 |
05. The Hobo Song グリスマンの親友、ジャック・ボーナスのヒット・ソング・カヴァー。もうピーターの十八番ソングとして広く知れれている。グリスマンのマンドリンが、ドーグ誕生を思わせる奏法を披露してくれる。 |
06. Panama Red ここでもピーター・ローワンの妖艶なヴォーカルが堪能できる。グラス・ファンが誰でも認めた名唱名演として認めた力作。ヴァッサーのフォローも素晴らしい。 |
07. Wild Horses ロック・ファンは、ローリング・ストーンズ録音でお馴染みだろう。ミック・ジャガーとキース・リチャードの作品。グラム・パーソンズ録音(フライング・ブリトウ・ブラザース)も人気が高かった。ここでもピーターの艶っぽいヴォーカルが本領を発揮。 |
08. Kissimmee Kid お待たせヴァッサー・クレメンツの出番だ。もちろんヴァッサーの作品。フィドル(ヴァイオリン)の魅力を余すことなく伝える超インストだろう。 |
09. White Dove グリスマンやガルシアが愛したトラッド・グラスの大物、スタンリー・ブラザースのコロンビア録音のカヴァー。本作唯一のトラッド・グラス・アプローチ録音。それにしてもガルシアのバンジョーって味がある。 |
10. Land of The Navajo 6分19秒にも及ぶ壮大なブルーグラス。リード・ヴォーカルは、ピーター。都会畑のブルーグラッサーが奏でるブルーグラスは先進的なサウンドで、こんなに新鮮で魅力的になる、ということを教えてくれるのが、このラスト・ソングだろう。時代とシンクロするブルーグラスは、ゆっくりとローリングしながらロック・ファンの胸に迫ったのは、言うまでもないことだろう。 |
(1990年 / 2004年6月加筆) |
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