HONDA VT250F(初期型)

VT-1.jpg

大学2年春に中古で購入。

 頭の中クルマ一直線で仙台に住み始めた頃、山の頂上のアパートから通学するのに&バイトやら何やら市内を徘徊するにはバイクが必需品と、まずは引っ越し荷物と共に家にあったスクーターHONDA SKY(^^)を持参。しかし毎日の八木山(動物園や遊園地、青葉城址なんかあるところですね)往復や4号線60キロ全開走行に耐えきれずにおりました。折しも世間はバイクブーム。学校の雰囲気も同級生もバイク天国な中では我慢できるはずもありませんね。クルマ購入の目処もありませんので、エンジン付き乗り物の勉強、程度の考えで購入しました。

 もちろん知識もありませんから車種選定はブームに乗りました(笑)丁度大ブレイク中の2型のイメージから、強い趣味性やスポーツ性を求めない車種というイメージだったんです。実は初期型は違う生い立ちだったと知ったのはだいぶ後のことです^_^;(あの「バリバリ伝説」を読み始めるのも数年後だったりします)

 ライディングにもメカにも教習所以上の知識など無く「オイル交換って何?」というところから始めました。しかしどこにもお節介な人間はいるもので、すぐ峠に連れて行かれたりツーリングの楽しさを語ってもらったりと、だいぶ教育してもらいましたね。自然と周りもバイク乗りが集まるようになり、学生時代の生活を決定付けることにもなりました。とうとう4年生のころには、SUGOのカートコースでの旗振り(ミニバイクレース&カート)に、エンデューロのお手伝いに、と毎週のように走り回ることになっちゃいました。あのA木三兄弟も見飽きるくらいです(爆)

 
vt-2.jpg
同級生A部クンと白樺湖畔(^^)にて
 
 ほぼ同時期に2型を手に入れていましたのでよくあちこち走りに行きました。こちらのテクニックが不甲斐ないばかりにどこへ行くにも必死に着いていったものです(爆)後にYAMAHAのバイク(YSR、DT、TDR、etc...)に接する機会が増えるに連れ、そのシャープすぎる挙動をまったく乗りこなしていないことが気になるようになってきました。ライディングの基礎を学ぶ機会が無いままひたすらリア荷重だけで乗ってしまっていましたね。最後になってやっと理解できる教科書(GP出版「ライディングの探求」)に巡り会えましたが時既に遅し。今でも、最初にYAMAHAに乗って勉強していたらだいぶ違っていただろうなと思ってしまいます。もちろん4輪の運転も含めて・・・
 
vt-3.jpg
この写真は、岩手への帰省途中の山形でのものです(ん?)
 

 月山や鳥海山を堪能し野宿場所に潜り込んだ駅での翌朝、不覚にも駅長さんが出勤するまで爆睡しておりました。写 真の先客さんと初めましてのご挨拶などしている時に、その駅長さんが駅の記念にとご自身のカメラを持ち出してきたのです(^^) もちろん自分のカメラにも収めてもらいました。そこで先客さん(何でも鈴鹿市のバイク屋に勤めている方で、この夏は東北一周の旅だったそうです)からインスタントコーヒーをご馳走になったことに衝撃を受けました。使い込まれたストーブからできあがるコーヒーが、まるで魔法のようにも思えたものです(笑)

 もう一つ、残念ながら露出アンダーで写真がありませんが、長野県松本で知り合ったグループにテントへ招待いただいたのも強いショックでした。雨の駐車場で迎えた朝、寝返りを打つと「ピチャッ」という冷たい感触・・・テント内が水浸しです!全員慌てて外へ避難すると地面 は特に冠水していません・・・そう、安物だというテントの中だけ水が溜まっていたのです!全員笑いをこらえながら公衆トイレで着替えたのが忘れられません(トイレに入ろうとした女の子がびっくりして帰ってしまったのも忘れられません^_^;) そうして社会人になり少しずつキャンプ用品をそろえ始めることになりました。自然とバイクの嗜好もオフ車へ移っていくのですが、逆に一泊ツーリングに出かけられないというオチも付いたりして・・・

 就職1年目の千葉での生活までほぼ毎日を共にした後、岩手へ引き上げる時に大学生の弟へ譲ることになりました。生きながらえていたSKYが度重なるFISCO通 いに息絶えたところでしたので^_^;自分と同じパターンで2年生になる弟の教材となったのです。最後のライディングとして、開通 したばかりの湾岸線〜ベイブリッジを横浜のアパートまで走ったのも良い思い出です。

 
kp_vt.jpg
帰省時に八幡平へ。貴重なVTとKPのツーショットです
 

 弟の元では、信州に北海道に、そして箱根詣で(^^)と更なる活躍をしていたようです。KP〜AE86へと4輪も充実すると共にしだいに衰えを見せ、卒業と同時期についにエンジンが息絶えその生涯を全うしたのです。

 

戻る HOME