2004年08月のばんしょ日誌

薬膳
2004年8月27日(金曜日)
 こんにちは

 危うく、また週刊になるところでした。

 1日しか変わりませんが。


 お腹の調子ですが、ほぼ直りました。

 これからは気を付けて養生したいと思います。

 冷えずぎたのかな?

 この猛暑でも1日くらいしかクーラーをつけて寝てないのですが・・・

 扇風機でさえタイマーで2時間しか付けてないのに。


 十字屋ですが半分損切りしました(;_;)

 持っていればバラ色の運命が待っているかもしれませんが、ダイエーの最後30分の動きで訳が分からなくなり、空売りだけでなく買ってしまったりしました。

 もうわけわかめ〜。


 話は戻って「暖める」というキーワードを。

 あさみさんに「食べ物の陰陽」というホームページを教えて貰い、自分なりに研究してみました。


 とりあえず、拾ってみたら



ツムラ 温泉科学プロジェクト



 では「四気」と「五味」の解説がありました。

 「四気」とは



食材と中薬が持っている「涼」「寒」「温」「熱」の4つの性質を指します。



 「五味」とは



食材と中薬に含まれる「酸」「苦」「甘」「辛」「鹹」の5つの味を指します。



 と、代表的な食材が載っています。

 ・・・が、ちょっと少ないので、また探したら



薬膳入門 食べ物の性質



というのと、同じサイトに



薬膳入門 食べ物の性質 一覧



 というのがありました。

 それによると、お腹が冷えておかしいときは、ニラ、にんにく、ねぎ、玉ねぎ、ピーマン、

とうがらし、しょうが、胡椒、わさびを食べれば良かったのですね。

 ・・・・少なくとも漢方では。

 って、お腹が下っているときに「とうがらし」や「わさび」を食べても大丈夫なのかな?

 細菌性の下痢には「殺菌剤」としての作用はありそうですが・・・


 では。


雑談
2004年8月21日(土曜日)

 こんにちは

 ばんしょ日誌では無く「ばんしょ週誌」になってる・・・


 おなかが痛いのが直りません。

 先週火曜日に医者へ行き、1週間分の整腸剤を貰って、今日まで飲みましたが一向に直る気配が無いのです。

 医者へ行った当初は「下痢」が酷かったのですが、それから後は「お腹」が痛いのですが、トイレに行っても出てこないことがほとんどなのです。

 私は生まれた頃から「腸が痛い」=「便意」と思っていますので、腹が痛ければトイレに行くという習慣がついています。

 ところがここ2〜3日は腸が痛むのに出ない。また10分くらいすると痛み出す。

 んで、トイレに行っても出ない・・・の繰り返しでした。

 とりあえず、自分で直る方法を考えて「少食」を実践し、お腹が冷えるとよくないとのことですので、先人の知恵である「腹巻き」を買ってきました。

 夏用のがありませんでしたので、シルク混のオールシーズン用を購入。

 もう店から着用しています。

 結果ですが、あんまし変わりありませんでした・・・・

 んで、次なる手は「熱いうどん」を食べ、腹巻きをもっと上の方まで上げて、中心に「ホッカイロ」を入れて暖めています。

 ・・・まさか真夏では無いとはいえ、「夏」にホッカイロを使うとは夢にも思いませんでした。

 そして、薬を「医者」から貰った整腸剤では無く、再び「正露丸」に変更しました。

 とりあえず、現在は痛みがありません。

 っていうか、その昔「星里もちる」先生の「いきばた主夫ランブル」で主人公の恋人が生理痛でお腹が痛いときに隣人がストッキングにカイロを巻いておけば直るというのを思い出しましたが、ちなみにばんぺいくんはバリバリの男です。


 普段、こちらでは株のお話はしませんが、株式日誌をご覧の方は「ばんぺいくん」の置かれている状況がおわかりかと思います。

 ・・・ちなみに「お腹が痛い」のは「十字屋」のせいではありませんので(^^;

 その前から続いているものです・・・

 先々日「親会社」のダイエーがウォルマートからの出資報道をきっかけに株価が高騰したのをきっかけにして、十字屋も一気に20%以上値上がりました。

 最高値で121円ですので、ばんぺいくんは「4万株 92円」で空売りをかけていますから、1日(十字屋が高騰したのは後場から(12時30分〜15時))で実に「約120万」の含み損をかかえたことになります。

 ちょうど15時前の休憩でザウルスで株価を見ると「ダイエー」が高騰していました。

 ・・・・・なにか嫌〜な予感がして株価を十字屋にあわせると



( ゚д゚)


(つд⊂)ゴシゴシ


(;゚д゚)


(つд⊂)ゴシゴシ

  _, ._

(;゚ Д゚) …?!



 さすがにこれには精神的ショックが大き・・・とは思われますが、ばんぺいくん的には「腹痛」の方が気になって、含み損のことは「ち〜とも感じませんでした(^^;

 おそらく「華氏911」の中でも映像が出てましたが、911のテロの時、小学校を訪問していたブッシュが側近からメモを渡され、しばし無言になる時間。

 「華氏911」ではいろいろなことを考えていたと描かれていますが、私は



( ゚д゚)


(つд⊂)ゴシゴシ

 

(;゚д゚)


(つд⊂)ゴシゴシ

  _, ._

(;゚ Д゚) …?!

  _, ._

(つд⊂)ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ


(  д )<ミナイコトニシヨウ



 無意識にこうなっていたのかもしれません。

 とりあえず「追証」だけは回避しなくてはいけないので、半年前から後生大事に持っていた「バロー」を処分。

 そして昨日、高騰した次の日ですが、寄りつきは前日の終値よりも1円高で始まり、あっというまに108円まで騰がりました。

 さらに持ち株をつぎつぎと処分しました。

 そして10時の休憩の時、株価はダイエーが2日連続ストップ高付近まで高騰していましたが、十字屋は落ち着いていたみたいです。

 しかし、お昼の休憩の時ザウルスより2ちゃんねるの株式@実況1を見ると「ダイエースレ」があわただしいことに気づきました。

 昨日の夜見たときよりもスレの進行が異常に速まっているのです。

 2連続ストップ高で速いのか・・・いや2ちゃんのことだから「他人の不幸は密の味」を体現しているところだから、ダイエーになにかあったのかも?



【8263】ダイエーPart3【今だけ半額】


892 名前:山師さん@トレード中 投稿日:04/08/20 12:24 ID:+u6hfpDo

ダイエー大幅減資の上再生機構が単独で1000億円出資へという話だが



 ここから状況が一変していました。

 そして



【8263】ダイエーPart4【ストッポ高から減資爆弾】



 減資爆弾?!

 まさか、ダイエーは減資するのか?!


 なんだか長くなったので次回にて・・・


講義のことその5
2004年8月15日(日曜日)
 こんにちは

 夏バテから風邪に移行しました。

 明日は車を洗おうとしていましたが・・・

 そのかわりレンジ周りと壁を「クルー 換気扇クリーナー」にてお掃除。

 ものすごくきれいになりました。

 しかし、また有機溶剤分を吸ってしまい体がだるく・・・

 何やってるんだろう。


 お盆休みも明日で終了。

 明日から出勤の方もみえるのでしょうか?


 さて続きです。


 晴眼者側と視覚障害者側と「鍼灸師」に対する立場が異なっている問題でした。

 按摩は視覚障害者に大幅な権限があるのに対し、なぜ鍼灸には権限が無いのか?

 この辺の問題はあとから調べて分かったので、講義では質問できませんでした。

 私なりに想像で考えてみましたが、どうも



盲人用に工夫・改良した鍼灸用具




 というページにヒントが隠れていそうな気がします。

 按摩は人間の指で皮膚を指圧する行為ですので、盲人、晴眼はあまり関係無いように思えますが、「鍼」に関しては「鍼」というものは人間の皮膚に直接挿入されるものですので「衛生」面で問題が生じていたのでは?と考えます。

 実際に聞くのが一番なのでしょうけどね・・・

 前回の冒頭で憲法第22条「職業選択の自由」を述べましたとおり、日本国民は職業選択の自由が保障されており、視覚障害があろうとも過去のように男は「按摩、鍼、灸、盲僧」女は「瞽女、夜鷹」などにならなくても良い権利が保障されております。

 しかし、現実には障害者と規定されている人で「視覚障害者」の方の就業率がもっとも低いそうです。

 肢体が不自由な方よりも低いそうです。

 いかに「視覚」というのが現代社会に置いて重要であるか・・・というか「視覚」に頼った生活をしているかの表れではないでしょうか?

 実はインターネットのWebなどは視覚障害者向けに「音声読み上げ」機能が組み込まれたページがあります。

 具体的には知りませんがニュース系のページや政府系のページは音声読み上げ用のHTMLが仕込んであると思います。

 以前購読していたWeb制作者向けの雑誌「Web Site
Design
」にはこの辺のことが連載されていました。

 実は「てのひらばんしょ」は比較的視覚障害者の方にも見やすいようにデザインされていたということはご存じでした?

 具体的なところはおいといて、今まで「点字」でしか自ら積極的に情報を得る手段が無かったものがインターネットを通じて、多少は情報が入りやすい環境になってきたのかと思います。

 それでも相変わらず「視覚中心」の社会は変わりようが無いわけで、どのように視覚に頼らなくても、また視覚障害者の人たちにやさしい社会ができるのか?

 これからも考えていきたいと思います。

 ちなみにラジオって「視覚障害者」の方にやさしい設計なのですよね・・・・

 耳が聞こえればいいから・・・もちろん「聴覚障害者」の方にはやさしくないですが。

 では。


講義のことその4
2004年8月13日(金曜日)
 こんにちは

 ありゃ1週間空いてしまってますね(^^;


 すっかり夏バテモードです。

 お勉強に行ってから、5日連続出勤が入り、食生活も哺乳類断ちをしているためスタミナが足りないようで、なんだか万事にやる気が出ない・・・

 というか、暑すぎるのでしょう。


 さて、続き。


 職業選択の自由というのは憲法第22条に



第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

 



 と謳ってあります。

 盲人の方の職業と聞くと、真っ先にに思い浮かぶのは「鍼灸師」と呼ばれる「マッサージ」の分野です。

 マッサージ師として登録されている人数の「30%」は盲人の方です。

 この人数の多さは、先の日誌に触れましたとおり「杉山和一」以来、盲人の方でも出来る職業としての伝統として、目が見えなくても上達出来るノウハウが蓄積された結果でしょう。

 事実、現在でも江戸時代に書かれた「鍼」の本が教科書として使われている学校もあるそうです。

 が、盲人の聖域とも言われた「鍼灸師」ですが、昨今取り巻く状況が変わりつつあります。

 

 「どうなる?視覚障害鍼灸マッサージ師」の中では「視覚障害者よりも晴眼者の方が必死に勉強している」と書かれています。

 この問題は日本全国に波及していて講義の中でも北陸の盲人の鍼灸師の方が「最近は晴眼者のマッサージ師が増えたために仕事がない」と困っていたという話が出ました。

 晴眼のマッサージ師と盲人のマッサージ師とどちらが良いか?

 これは「能力」の問題も有り難しいところですが、同じ試験、つまり「ツボ」の位置や必要な知識を問われれば「盲人」よりも「晴眼」の方が成績が良いのは明らかです。

 なぜなら「ツボ」の位置を覚えるのにも「盲人」の場合は「実際の人間」を触らなくては覚えることが困難なのに対し、晴眼の場合は「写真」を見ればすむのです。

 そして知識も盲人の場合は「有識者」が言葉で懇切丁寧に教えてくれるか、「点字」の本を使用しないといけません。

 晴眼者の場合は本を見れば済みますし、その頭の中に入るスピードも(大多数の場合)早いことでしょう。

 さらに下記の「晴眼者と盲人」の中で書かれていますが



盲人鍼師の権利拡大


今の盲人団体の運動の一つに鍼師の権利拡大がある。按摩指圧マッサージ師養成学校の新設には盲人団体の意見(賛成)が必要である。これを鍼師にも広げようと言う。私的にも非常に賛成である。盲人の社会進出が進んだとはいえ、職を得るのは未だ困難である。不況になると初期投資の要らない俄かマッサージ師が湧いてくるのは過去を見れば明らかだ。盲人の職業を確保して措かないと生活保護費支給といった社会コストもかかる。



 「不況になると初期投資の要らない俄かマッサージ師が湧いてくるのは過去を見れば明らか」とありますとおり、実は江戸時代の「当道座」も実は「盲人のギルド」とはいえ、「晴眼者」の「俄盲人」もかなりの数が存在していたようです。

 さらに文章は続き



厚生労働省の委員会でこれに反対したのが森裕子議員(自由党・参議院新潟県選挙区)である。自衛隊のイラク派遣法案で檀上に飛び乗り、マスコミに名を挙げた人。盲人に対しては競争自由を押しつけつつも、私学に対しては助成金の削減に反対している。委員会は全会一致が原則なので一人でも反対すると議案が通らない。これ以上、鍼師養成学校を新設してどうするつもりか。       


日本では平安の昔から盲人の職業確保を図ってきたが、平成の時代になってもそこから進展していない。



 と晴眼者のマッサージ師増加を(結果的に)促進しようとしている「森裕子議員」を批判しています。

 

 ・・・・もう1回で終わらなかったので、続くことに(^^;;;


講義のことその3
2004年8月6日(金曜日)
 こんにちは

 さて、盲人のギルドであった「当道座」ですが、所属できるのは男性のみで、女性には「瞽女座」と呼ばれるものが存在していました。

 瞽女とは農閑期の農村を周り三味線や唄などを披露してお金を貰う盲目の芸能女性のことで、盲目ゆえにそのようなことをして生きてゆかねばなりませんでした。

 この最後の瞽女が、以前の日誌に書いた「小林ハル」という方で、まだご健在と思います。

 そして、「当道座」「瞽女座」の他に「盲僧座」というものがありました。

 8月4日に戻りますが、盲僧の方は読んで字のごとく「盲=目の見えない」+「僧=お坊さん」という意味ですが、九州(薩摩、筑前)および中国地方に広くいました。

 なぜ九州だったかというと「日本の歴史 楽器 琵琶」と「筑前の盲僧」によると


奈良時代の末から平安朝のはじめ、博多(福岡県)にいた「玄清」という盲僧が、親交あった伝教大師(天台宗の開祖)に比叡山延暦寺を建立の時に呼ばれて上洛。教典の地神経を読み、さらに平安宮の建立のときにも功があったので天皇より称えられ、故郷の福岡に帰って「成就院」を建てた。ここを筑前盲僧の本山として、北九州各地に筑前琵琶がひろまった。


 とあります。

 このとき「玄清」の琵琶で比叡山延暦寺を建てようとした土地に居座っていた「毒蛇」が逃げ出したと言われています。

 このことにより九州の盲僧は「天台宗」の元に入ることになります。

 この「盲僧」と琵琶法師、そして「当道座」ですが、江戸時代までは区別が非常に曖昧でしたが、「当道座」が将軍家をバックに付けることで隆盛していったように、「盲僧座」も九州の権力者と結びつきを強めていきました。

 さて、やっと「薩摩盲僧」ですが、開祖「玄清」が琵琶の演奏で「比叡山延暦寺を建てようとした土地に居座っていた「毒蛇」を追い払った」故事にみられるように地鎮に霊験あらかただったようで、「薩摩盲僧」も「薩摩琵琶」と呼ばれる改良された琵琶で「地神」と「荒神」を鎮める役割を担っていたようです。

 講義の中で、「薩摩盲僧」を紹介した「薩摩・盲僧琵琶」というドキュメンタリー映画を視ました。

 映画の中では、ある盲僧が米袋を頭に乗せて、村々を回り檀家の仏壇(戒壇?)を前に琵琶を弾きながらお経(というか陀羅尼か真言)を唱え、最後に供え物のお米1升を、さきほど頭に乗せていた「米袋」の中に入れるシーンがありました。

 この映画が公開された(といっても岩波映画社ですので、映画館で華々しく上映されたものではないでしょうが(^^;)1984年ですが、映画の中でナレーターが1983年(昭和58年)当時、薩摩盲僧は17人残っているとのことでした。

 しかし、講義の中で「最後の薩摩盲僧」の方が東京で琵琶の演奏会を開いたとのことですので、20年の間に映画に登場した16人の方はすでに逝かれたと言うことです・・・

 小林ハルも最後の瞽女、薩摩盲僧も最後の1人・・・・

 芸能史的な立場から見ると江戸時代からの伝統芸能が消えていくのはさみしいというよりも、残していかねばならなかったと痛感するでしょうが、個人的には「盲人」に生まれたら、「三味線を持って家々を乞食のように回る」ような瞽女や「琵琶を弾きながら民衆に米を請うて歩き回る盲僧」にしかなる道が無いような、「社会的・人道的サポート」によって、基本的人権と職業選択の自由が保障された一個の人間として生きられる現在の方が良いと思います。


 実はあと1回続きます。


 では。


講義のことその2
2004年8月5日(木曜日)
 こんにちは

 また腹下りが再発してきて、少々頭痛がしてきましたので、出来うる限り復習の意味で書きつづります。

 盲人のギルドである「当道座」のもうひとつの顔は「金貸し」でした。

 幕府により特権を与えられ、かなりあくどい金利をふっかけていた人間もいたため、1778年に、ついに幕府が取り締まりに動きます。

 理由は「高利貸し」ですが、原因が幕府直参「旗本」が「当道座」からの借金に首が回らなくなったために夜逃げしてしまったことだそうです。

 確かにこのころのあくどい「当道座」は「十一」というような金利をふっかけていた輩もいましたが、それは寺社や町人とて同じこと・・・

 この取り締まりの背景には「当道座」の大名への莫大な貸し付けと、幕府の財政政策、武士の規律の乱れというものが絡んでいました。

 もちろん金貸しというような「大金持ち」の「盲人」というのは一握りで、大多数は「座頭」と呼ばれる、鍼灸、芸能関係の人たちでした。

 ただし「当道座」というのは相互扶助団体の意味合いが強く(本部は京都にあった)明治期に比べると悲惨を極めるといった状況ではなかったようです。

 それは「当道座」は内部に階級というものが規定されていて、最低が「初官(無官)」から最高位の「検校」まで73刻・68種類に分けられていて、その出世の仕方は「金銭」によってあがっていく仕組みでした。

 ちなみにストレートで最高位の「検校」まで必要なお金は「719両」。

 当時「1両」で1年間暮らせませたので、その莫大な金額が伺えます。

 その「719両」というお金は大半は「当道座」内で分配という仕組みを持っていたため、「当道座」には莫大な資金が流れ込んでいきました。

 しかし、「座」の最低である「初官(無官)」から「打掛 半打掛」にあがるためには「4両」という金が必要であり、親方格の「座頭」まで上がるのに「8両」必要でしたので、晴眼の人でも大金であるのに、ましてや貧乏人で目の見えない人間がそれだけの金額を払えるはずもなく、「江戸時代の視覚障害者」というページによれば、当時視覚障害者の総数が推定「5万人」いたのに、座に所属していたのは、江戸時代を通じて「3000人」ということですので、特権利益団体に入るのはいつの世も難しかったようです。


 では、次回。


トラブル発生 その2 と 講義のこと
2004年8月4日(水曜日)
 こんにちは

 昨日までとある場所にて講義を受けてきました。

 今回は歴史的な分野から見たもので、中心は盲目に関してでした。

 みなさまは当道座や盲僧という存在はご存じでしょうか?

 盲僧の方は読んで字のごとく「盲=目の見えない」+「僧=お坊さん」という意味ですが、九州(薩摩、筑前)および中国地方に広くいました。

 今回は「薩摩盲僧」の講義を受けましたが、その歴史は8世紀まで遡ることができますが、隆盛を極めたのは江戸時代です。

 そして「当道座」については「当=われわれの」+「道=芸能」という意味で「座」というのは「集まり」、ヨーロッパ風に言うと「ギルド」みたいなものです。

 芸能という言葉を連想するとおり、有名なのは「平家物語」を語り歩く「琵琶法師」の存在です。

 それが江戸時代に入り、後に「鍼の神様」と呼ばれた杉山和一の登場により職種は芸能から、現在盲目の方が職業に就いている「鍼」「灸」「マッサージ」の分野へ広がりました。

 この杉山和一という人は、元・藤堂藩の人で盲目になってから鍼を学びましたがうまくいかず、修行の末「管」を用いる方法を編み出し、藤堂藩主、そして徳川家綱の鍼治療を行ったことから、その信望が厚くなっていき、そして盲目ギルドである「当道座」の地位を飛躍的に高めた人です。

 その「当道座」の人々のもう一つの顔というのが「金貸し」でした。

 当時江戸幕府は「金銭」の貸し借りにおいては「非介入」という原則でしたが、「寺社」そして「当道座」が行う場合は「介入」しました。

 「介入」といっても悪い意味では無く、通常金を借りた人間は「返したくない」というのが本音です(^^;

 現在では「返して欲しい側」と「返したくない側」の間に「裁判所」が「介入」して調停を図ります。

 つまり「権力者」が「介入」してくれないと「貸す側」は「借りた相手に逃げられる確率」が非常に高いわけで、「当道座」にとっては都合が良かったわけです。

 もちろんこの「介入」することを認めさせたのは「杉山和一」の政治力の賜であった訳で、この「盲目=当道座=金貸し」という図式は後によくない方向へ発展します。

 長くなるのでこの話題はいったん切ります。


 さて、7月30日のLANのトラブルについてですが、解決方法はマザーボードの「内臓NIC」と殺し、「Intel PRO/1000 MT」の取り付ける位置を変更したことにより解決させました。

 私はよく知らないのですがLANというのはケーブルを取り付けるところに「小さな電球(LED)」が付いていまして、信号の授受を行うと点滅します。

 通常、信号がきていれば点灯しているので大丈夫と思いがちですが、うちのASUS P4T533-Cの内臓「Intel PRO/1000 MT」の電気はついていましたので、壊れてないと思っていたのですが、結果論として「故障してしまった」為に繋がらなくなったと結論づけました。 壊れたのでしたら機能せず、代わりの正常な外付け「Intel
PRO/1000 MT」に処理を素直に渡せばよいものを、頑固にその処理の受け渡しを拒否したので、BIOSの設定で非動作の設定をしました。

 この設定を見つけるまでが一苦労でして(^^;


 続きはまた次回。



トップページへもどる

バックナンバーリスト

 

build by HL-imgdiary Ver.2.00 Beta2